吸血鬼専務は私を逃さない〜契約から始まる極甘婚約〜


 有給休暇最終日。
 インターホンが鳴り、岩鬼専務がうちにやってきた。
 もちろん、食材を持ってだ。
 事前にメッセージで連絡をもらっていたので、ご飯だけ炊いて待っていた。

「体調はどうだ?」
「おかげさまで、すこぶるいいです。今日は何を作るんですか?」

 体調を第一に気遣ってくれるところは、優しいんだけどなあ。
 でも、動機が血液だと思うと素直に喜べない。

「今日はビーフシチューにしよう」

 袋から食材を取り出しながら、専務は得意げに言う。

「最近、お肉ばかりじゃないですか?」

 バランスのいい食生活を目指しているのではないのだろうか?

「貧血気味の時は、鉄分をたくさん摂らないとな。もちろん野菜も食べてもらうが……。魚などをメインにするのは、もう少し後だな」

 そんなことを言って、ただ私の血液を摂取したいだけなのではないだろうか?
 ……いや、その通りか。
 私は結局、専務にとってはメインディッシュの食事でしかないのだ。
 ふぅ、と小さくため息をつく。

 しかし、肝心のお肉が見当たらない。
 代わりに、何かを入れた容器があった。

「ああ、それは松坂牛の煮込み用肉を、赤ワインとすりおろした玉ねぎで漬け込んだものだ。時間がかかるから、昨日仕込んでおいた」

 松坂牛!? 仕込み!?
 専務が言うには、そうすることで短時間でお肉が柔らかくなるらしい。
 こ、こんなの食べるしかないでしょお〜!!
 思わずよだれが垂れそうになった。

「これでうまくならなければおかしいな」

 と、専務がしたり顔で言った。
 それは、ビーフシチューのこと?
 それとも私の血液のことですか??

 前日からお肉を仕込んでおいたとはいえ、それでも野菜とお肉を煮込んで1時間はかかった。お昼から何も口にしていなかったから、もうお腹は待ちきれないと言わんばかりに音が鳴ってしまいそうだ。

 レードルで掬い上げると、つやつやのルーにとろとろのお肉。
 ご飯とルーを別にするかどうか悩んだけれど、ここは一緒に、カレーのようにかけて食べる!

 折りたたみテーブルに出来上がった食事を並べ、いつものように向かい合って二人で座る。

「いただきます!」

 一口大の大きさのお肉なのに、口の中でとろけてしまった。

「ん〜〜〜〜っ!」

 頬に手を当てて、思わず歓喜の声を上げる。

「そんなに美味しそうに食べてもらえると、こちらも仕込んだ甲斐があったというものだ」

 微笑む専務を見て、不覚にもどきりと心臓が波打つ。
 食べているところを見られるのが恥ずかしくて、パッと視線を下げる。
 ダメだ、絆されるな……。
 彼はすべて私の稀血のためにやっているんだから……。



「さて……」

 やがてきれいに食べ終わると、
 専務がこちらを向いて、じりじりとにじり寄ってくる。

「こちらの方も美味しくなっているか、いただいてみようか」

 ああっ、やっぱり〜!
 今日はメガネをかけているから油断していた。
 専務がメガネを外すと、瞳が紅くなっている。以前も血を飲む前に紅くなっていたし、どうやら吸血鬼モードになる時はこうなるようだ。
 専務の手がさらりと私の髪をかき分け、くすぐったさにぴくりと反応してしまう。
 顔が近付いてくるけれど──。

「ま……待ってください専務! 三週間経っていません!」

 あと一週間経たなければ、約束の日にならない。契約違反だと反抗する。

「しかし、松阪牛の旨味は今しか……」

「もう、これ以上貧血になったら困るんです! それに……」

 フッと、数日前専務が三園さんと腕を組んでいたことを思い出す。
 ちゃんと聞かなければ、どうして三園さんと腕を組んでいたのか。だけど、この人のことだ、きっと「妬いているのか?」なんて訊いてくるのが目に見えている。それが悔しい。

 本当は嬉しかったの。
 血液目当てだったのかもしれない。
 けれど、専務は私の体調を気にして、有給まで取らせてくれた。
 ご飯を作ってくれた。
 私が倒れないように叱ってくれた。
 血液だけなら、そんなことをする必要なんてないのに。

 私を必要としてくれた人はいた。
 でも、それは琴吹製薬の娘としてだ。

 家ではなんでも父が決めてしまって、母は言いなりだった。私もそれに従うしかなかった。
 大学時代だって、私に寄ってくる人はみんな第一声が「琴吹製薬のお嬢様」。
 職場では、みんな私を腫れ物のように扱い、私を社長令嬢としてしか見ていない。

 なのに彼は、私自身を見てくれた。

 唇を噛み締める。じわりと目が潤む。
 悔しいけれど、専務に惹かれている自分がいる。
 首筋に付けられた契約の印のせいかもしれない。
 けれど、それでもいい。
 気づいたら、彼を抱きしめていた。

「専務……契約違反です」
「……すまない」

 優しい声で言って、そっと抱きしめ返してくれた。

「ビーフシチューは、あと一週間、残りを冷凍しておきます」
「ん……?」
「だ、だから……」

 ゆっくりと離れて、専務の目を見るけれど……。
 やっぱり恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。

「一週間後に、もう一度……。うちに来て、ください……」

 今私は、顔を真っ赤にしているにちがいない。
 カーッと頬が熱くなる。
 彼はもう一度、今度は強く抱きしめてきた。

「今の言葉、忘れるな」

 言われて、自分が専務を誘ってしまったことに気づいて、内心焦る。でも、後悔していない。

「最高の夜にしてやる」

 専務に言われて、やっぱり早まってしまったかと、頭から湯気が出るほど恥ずかしかった。