もう一つの学校

 昨日、雨に濡れたせいか、今日は雅が発熱で学校を休んだ。
 あいつ、びしょ濡れになっとったからな……。
 ……アホ。

 その日の授業が全て終わると、クラスメイトがぞろぞろと部活に行くのを見送って、ジョウとヤマトはあちら側ーーもう一つの学校へ向かう。

「雅ちゃん、大丈夫かなー? 昨日、雨で肌寒かったし、それで風邪引いちゃったのかなあ。一緒に帰ったんでしょ?」
「……」
「ジョウ、聞いてる?」
「ああ、あっち側行った後、あいつんちに見舞いでも行くか?」
「え? ほんとにジョウ? そんなこと言うなんて! 今日、雪降る!?」
「るっさいわ!」

 もう一つの学校は、朝6時半。
 いつも通り、もう一つの3年C組の教室に着いて、2人は雅がいないからこそできることをしようと話した。

「全クラス調べたけど、やっぱりどのクラスもコピー。3年C組だけ、異変が起きてる」
「今日はあいつがおらんから、職員室に行く」
「職員室か。雅ちゃんがいると、なんとなく行けなかったよね」
「ああ。生徒名簿を片っ端から見るで」
「片っ端から!? それはなに時間あっても足りないよ。とりあえず、今日は3年C組の分だけにしよ」

 もう一つの学校の職員室から、生徒名簿を探し出す。
 そして、3年C組の名簿を確認する。
 その名簿に白鳥雅の名前があったとしてーー。
 神崎雅と別人ということがわかれば、雅が少しは安心できるだろうとジョウは考えた。
 きっと、あいつは自分と「白鳥雅」が同一人物なんじゃないかと心のどこかで思っているに違いない。
 別人であってくれ。
 だが、もしも同一人物だったとき、どうすればいいんだ……。

 職員室に移動すると、朝6時半の職員室には……。

「え。灯りがついてる……」

 いままで、朝6時半に訪れた際に、灯りがついている教室はなかった。

「……誰かいるんかもしれん」
「今日まで、人には会ったことなかったのに!」
「異変が起きてることはたしかや」
「でも、職員室までの道中に、生徒の姿は見えなかったよ?」
「今は、朝の6時半。教師ならおってもおかしくはない」
「もしかして、朝6時半の状況すらコピーされてるってこと?」
「可能性としては、捨てきれん。生徒名簿は慎重に探し出さな」

 2人は、二手に分かれることにした。
 ジョウは、重要書類が多く保管されている校長室。
 ヤマトは、職員室の最奥の資料室。
 それぞれ、生徒名簿があれば、3年C組のものだけを抜き取って、教室に戻ろうという話で合意した。
 ジョウが校長室のドアノブを静かに回す。

ーーガチャ。

 鍵は、かかっとらんのか。
 静かにドアを開けると、電気はついていなかった。

「ふぅ」

 ジョウは、ひと安心して、膝をついたまま、校長室に入室した。
 校長室には、ソファがコの字型に三つ置いてある。
 一番奥には、校長の机。
 入って左側には資料棚、右側には窓。
 ジョウは、念には念を……とソファに身を隠しながら、匍匐前進で資料棚の前まできた。

「名簿……名簿……」

 低い位置にもファイルがずらっと並んでいる。
 ジョウは、その中から名簿らしきものはないかと目を凝らした。
 端から端まで確認したが、下段にはないらしい。

「チッ、下段にはないか」

 中段までは、座った状態で確認できそうだが、上段は立たないと確認ができない。
 室内に誰もいないことはわかっているが、立ち上がるにはどうも勇気がいる。
 ソファーに隠れられる程度にしゃがみ、中段まで確認したが名簿はなかった。
 となると、上段か。
 もしくは、ヤマトが探っている職員室の資料室だ。
 ジョウは立ち上がるか悩んで、ふと、校長の机の引き出しは?と思った。
 四つん這いで机まで移動し、音を立てないように引き出しを確認する。
 一段目には、ハンコや筆記具がきれいに入っていた。
 続いて、二段目には、クリアファイルの山が積み重なっていたが、数枚確認して名簿ではなさそうなので、そっと閉めた。
 三段目の一番大きな引き出しは、鍵がかかっていて開けられない。
 ジョウはなんとなく、ここかもしれないと思った。
 そのとき!

ーーガチャ。

 ドアが開いた音。
 誰か来た!?

ーードクドクドクドク。

 ジョウの心音は、どんどん速くなる。
 まさか、もう一つの学校に人がいたのか!?
 となると、校長が来たのだろうか。
 この状況をどうにかしなければとジョウは頭をフル回転させた。
 いくつもの可能性が浮かび上がる。
 まず、もう一つの学校で人に会ってしまった場合に起こりうる可能性だ。
 最悪、元の世界に戻れないことだってあるかもしれない。
 ジョウは、感覚的に人には会ってはいけない気がしていた。
 ほかには、元の世界になにか大きな変化をもたらしてしまうことや、雅やヤマトと一生会えない可能性。
 さまざまなことが脳内を駆け巡る。
 そして、ジョウは、とにかく隠れなければと小さくなって、机の下に入った。
 ほんま、よーやらんわ。こんなこと。
 でも……。
 あいつのためや。
 あいつが一番不安なんやから。
 こんな危機的状況でも、ジョウは雅の気持ちを考えた。
 どんどんと足音が近づいて、ジョウはぎゅっと目を閉じ、息を潜めた。

「……ジョウ?」

 目を開けるとーー。
 四つん這いでこちらを見ているヤマトがいた。

 校長室から3年C組に戻り、2人は自席でファイリングされた3年C組の生徒名簿を開いた。
 ブルーのファイルには、クラスメイト30人分のプロフィールがまとめられている。
 生徒の氏名、顔写真、生年月日、住所、成績など、ひとりひとり丁寧にーー。

「やっぱ、職員室の資料室にあったんやな」
「資料室の鍵が簡単に手に入って助かったよ。元の世界だったら不可能だね」
「人には会わなかったんよな?」
「電気はついてたけど、人の気配はなかったんだ。でも堂々と立って探すのは気が引けたから、ずっと低姿勢だったよ。腰痛い……」
「俺たちの名簿は後にしよう。まずは、白鳥雅や」

 名簿はあいうえお順に並んでいるかと思いきや、どうやら生年月日順に並んでいるようだ。
 1ページ目には、4月生まれの七瀬春人の名前があった。
 元の学校にもいるジョウたちのクラスメイトである。
 白鳥雅の生年月日など知らないので、一枚一枚めくっていくしかない。
 チッ。
 あいうえお順に並べとけや。

「……違う……違う。あー! もう!」

 5枚ほどめくって、ヤマトが叫ぶ。
 めくれば、次が「白鳥雅」かもしれないという期待と不安が2人を襲うのだ。
 ……お願いやから、別の人物であってくれ。

「……そういえば、あいつ、カバンにトラのぬいぐるみつけてて……」
「トラのぬいぐるみ?」
「『なにそれ』って、ヤマトが質問したとき……」
「あ! 雅ちゃん『私、寅年の獅子座なの。だからなんとなくトラとかライオンとか見るとつい買っちゃって。2010年8月8日生まれなのよ』って」

 2人は、急いで8月生まれの生徒になるまで名簿をめくる。
 「白鳥雅」と「神崎雅」が全く別の人物であることをいち早く証明したい。
 頼む……!
 8月生まれに「白鳥雅」が現れなければ、「神崎雅」と「白鳥雅」は別人だ。

ーーペラ。

「「……!!」」

 2人は、そのページを見た瞬間、固まった。
 8月生まれの2人目に「白鳥雅」の名前が現れたからーー。

「なんで……。白鳥雅も2010年8月8日生まれなんだ……」
「それだけやない。この右目の下にある涙ボクロ……あいつの顔にそっくりや」

 こんなのあいつには絶対言えん。
 いや、言わん。
 隠し通さな。