夕日が沈みかけた帰り道。
学校の前を通る道にある自販機で、ヤマトはココアのパックを2つ買った。
ジョウは今日は予定があるとそそくさと帰ってしまい、雅はヤマトと帰宅する。
「はい、これ」
「え?」
「神崎さんの分、飲みながら帰ろ」
「あ、いくら? お金……」
「こういうときは、ありがとうって笑ってもらうのが正解だよ」
ヤマトはそう言って笑う。
今日、”もう一つの学校”に初めて足を踏み入れた雅。
その気持ちを少しでも和らげようとしてくれているのだろう。
「そ、そう。ありがとう」
雅はココアのパックを受けとった。
だが、笑わなかった。
笑わないのではない、笑えなかったのだ。
小学校4年生になる頃。
毎日のように喧嘩する両親を前に、なんとか2人を仲直りさせようと、雅は笑顔でい続けた。
だが、ある日。
父に「ヘラヘラするな」と怒鳴られたのをキッカケに、笑えなくなってしまったのだ。
その数日後、学校では「神崎さんって笑わないから怖い」と陰口を叩かれるようになった。
雅はいつの間にか学校で孤立した。
唯一の友達は、小説の中の登場人物たちだった。
雅の曇った表情に気づいたのかヤマトは、ココアのパックにストローを挿しながら言った。
「……あ、無理に笑わなくていいからね! ただ、これだけは覚えておいてほしいんだ。笑うと、幸せな気持ちになるんだって」
「……ごめんなさい」
「神崎さん、こういうときは、謝っちゃダメ〜! “ありがとう”だよ」
「あ……ごめん……じゃなかった。……ありがとう」
「よかった。ひとりが好きなわけじゃないんだよね?」
「え?」
「休み時間もお昼もずっと本を読んでるから。人と関わりたくないのかなーって。でもその割には、もう一つの学校までついてきちゃうし? 今日は神崎さんのこと少し知れて、俺、嬉しい !」
「……ごめんなさ……あ……」
「じゃなくて?」
「……ありがとう。……渡部くん」
「あ! 初めて名前、呼んでくれた! ヤマトでいいよ!」
「……ヤマトくん」
ヤマトが屈託ない笑顔で笑うので、雅は心が温かくなるのを感じた。
◇◆◇
次の日の放課後も雅たちは、もう一つの学校にいた。
2人だけが見られた階段が雅も見られるのだから、「自分にも行く権利がある」と雅が主張したのだ。
雅は、こうやって同級生に何か意思表示したのは久しぶりだった。
それくらい、もう一つの学校のことが気になったのだ。
ジョウは「なにがあっても自己責任やからな」と雅がもう一つの学校に出入りすることを許してくれた。
そして、雅に一つだけ条件を出した。
【もう一つの学校には必ず2人以上で行くこと】
雅が快諾すると、今日は2人が校内を案内してくれることになった。
「今日は神崎さんのお気に入りの場所に行こう」
「お気に入りの場所?」
「そう!」
ヤマトがスキップして先頭を行く。
雅とジョウは、後に続いた。
「ヤマトと随分仲良くなったんやな」
「……え?」
「なんで、もう一つの学校に来るんや?」
「あ……ごめんなさい」
「謝れって言ってるんじゃない。なんで、ここに来るんか聞いてんねん。普通、きみ悪いやろ。自分が通っている学校のコピーがあるんやで?」
「……きみ悪いなんて思わなかったわ」
「……」
ジョウは怒っているわけではないようだ。
雅の次の言葉を待っている。
でも雅はいまはまだ自分の気持ちをうまく言い表すことができないと思った。
もう一つの学校に興味がある。
最初は驚いたが、怖さを感じたことはないし、人気はないのに温もりを感じた。
どうして、もう一つの学校に行くのか?
自分にはこれといった明確な理由がないけれど、ジョウとヤマトにはあるのだろうか。
「いまは、まだ……ないの。でも足が向くってことはなにかあるんだと思うわ」
「そうか……」
ジョウはそれ以上はなにも聞かなかった。
「おーい! 早く早く」
廊下の先でヤマトが大きく腕を振っている。
「図書室」と書かれた看板が見えてきて、雅のお気に入りの場所が「図書室」であると、ヤマトはよく自分のことを見てくれているのだなと思った。
その日は、図書館の本を時間の許す限り見て回った。
普段は声が出せない図書室で、「大声が出せるー!」とヤマトは高らかに笑っていた。
ジョウは「うるさいわ」と呆れ顔だった。
そして、帰る前にジョウは正の字を机に1本足し、ヤマトは中等部の3年C組の廊下側の一番前の席に飴を入れていた。
◇◆◇
次の日も、その次の日も雅たちはもう一つの学校に行った。
だが、3人で移動するのは、不自然だ。
休み時間もお昼も雅は相変わらず1人だし、ジョウとヤマトとクラスで会話することはほとんどない。
ヤマトは一方的に雅に話しかけているが、雅はもう一つの学校のことを話してしまいそうで、ヤマトと話すことを避けていた。
なので、クラスメイトに怪しまれないように、ヤマトとジョウが教室を出た10分後に雅も後を追うことで合意した。
「あ! 神崎さん、神崎さん! 座席表も見てみて」
雅が遅れて到着すると、ヤマトがいつものように手招きをする。
教室の後方の壁には、座席表が貼ってある。
「座席表も同じ位置に貼ってあるのね」
真剣な顔で雅が座席表を見ていると、隣に立ったジョウが「お前、今日も怖い顔してんな」と毒を吐く。
雅は笑うことができないできないけれど、怖い顔をしているつもりはなかった。
なので、普段の顔がクラスメイトを怖がらせていると思うと申し訳なかったなと反省する。
「ジョウ。俺は神崎さんの真剣な顔、きれいだと思うよ。見惚れちゃうほどにね」
ヤマトはそう言って雅の肩をトントンとやさしく叩く。
さらには、「ジョウは天邪鬼だから。神崎さんの真剣な顔を見てきゅんとしちゃったんだよ」とフォローした。
ヤマトは察しがいい。
だから、雅が笑えない理由があると気づいているのだ。
いつか、笑えた日に、ヤマトには本当のことを話したいと雅は思った。
視線を座席表に戻すと、そこには、3年C組の生徒の名前が書かれていた。
やっぱりコピーなんだわ。
「生徒の名前……」
「もう一つの3年C組だからね。ひとりひとり、名前も同じなんだ」
「……渡部大和、和田譲……え……」
「どうした? 神崎さん」
突如、硬直した雅を見て、ヤマトもジョウも不思議に思った。
「わ、私の席……」
「神崎さんの席がどうした?」
「……か、神崎雅じゃなくて……」
「え?」
「し、白鳥……雅になってるの……」
ジョウもヤマトもすぐさま座席表を見た。
そして、2人が口を揃えて言うーー。
「「!?…….誰なんだ。白鳥雅って」」
昨日までは完全なコピーだったもう一つの学校。
だが、雅が今日、もう一つの学校に来たときに異変は起きた。
座席表に「白鳥雅」という、こちら側にはいない人物が現れたのだ。
偶然にも雅と同じ名前。
「白鳥雅」とは、いったい誰なのか。
最初、2人は驚きを隠せないようだったが「今日は戻るぞ」というジョウの冷静なひと言に、雅もヤマトも同意した。
雅は「白鳥雅」の名前を見つけた直後、混乱してしまった。
自分は、ある「白鳥雅」を知っていたからーー。
学校の前を通る道にある自販機で、ヤマトはココアのパックを2つ買った。
ジョウは今日は予定があるとそそくさと帰ってしまい、雅はヤマトと帰宅する。
「はい、これ」
「え?」
「神崎さんの分、飲みながら帰ろ」
「あ、いくら? お金……」
「こういうときは、ありがとうって笑ってもらうのが正解だよ」
ヤマトはそう言って笑う。
今日、”もう一つの学校”に初めて足を踏み入れた雅。
その気持ちを少しでも和らげようとしてくれているのだろう。
「そ、そう。ありがとう」
雅はココアのパックを受けとった。
だが、笑わなかった。
笑わないのではない、笑えなかったのだ。
小学校4年生になる頃。
毎日のように喧嘩する両親を前に、なんとか2人を仲直りさせようと、雅は笑顔でい続けた。
だが、ある日。
父に「ヘラヘラするな」と怒鳴られたのをキッカケに、笑えなくなってしまったのだ。
その数日後、学校では「神崎さんって笑わないから怖い」と陰口を叩かれるようになった。
雅はいつの間にか学校で孤立した。
唯一の友達は、小説の中の登場人物たちだった。
雅の曇った表情に気づいたのかヤマトは、ココアのパックにストローを挿しながら言った。
「……あ、無理に笑わなくていいからね! ただ、これだけは覚えておいてほしいんだ。笑うと、幸せな気持ちになるんだって」
「……ごめんなさい」
「神崎さん、こういうときは、謝っちゃダメ〜! “ありがとう”だよ」
「あ……ごめん……じゃなかった。……ありがとう」
「よかった。ひとりが好きなわけじゃないんだよね?」
「え?」
「休み時間もお昼もずっと本を読んでるから。人と関わりたくないのかなーって。でもその割には、もう一つの学校までついてきちゃうし? 今日は神崎さんのこと少し知れて、俺、嬉しい !」
「……ごめんなさ……あ……」
「じゃなくて?」
「……ありがとう。……渡部くん」
「あ! 初めて名前、呼んでくれた! ヤマトでいいよ!」
「……ヤマトくん」
ヤマトが屈託ない笑顔で笑うので、雅は心が温かくなるのを感じた。
◇◆◇
次の日の放課後も雅たちは、もう一つの学校にいた。
2人だけが見られた階段が雅も見られるのだから、「自分にも行く権利がある」と雅が主張したのだ。
雅は、こうやって同級生に何か意思表示したのは久しぶりだった。
それくらい、もう一つの学校のことが気になったのだ。
ジョウは「なにがあっても自己責任やからな」と雅がもう一つの学校に出入りすることを許してくれた。
そして、雅に一つだけ条件を出した。
【もう一つの学校には必ず2人以上で行くこと】
雅が快諾すると、今日は2人が校内を案内してくれることになった。
「今日は神崎さんのお気に入りの場所に行こう」
「お気に入りの場所?」
「そう!」
ヤマトがスキップして先頭を行く。
雅とジョウは、後に続いた。
「ヤマトと随分仲良くなったんやな」
「……え?」
「なんで、もう一つの学校に来るんや?」
「あ……ごめんなさい」
「謝れって言ってるんじゃない。なんで、ここに来るんか聞いてんねん。普通、きみ悪いやろ。自分が通っている学校のコピーがあるんやで?」
「……きみ悪いなんて思わなかったわ」
「……」
ジョウは怒っているわけではないようだ。
雅の次の言葉を待っている。
でも雅はいまはまだ自分の気持ちをうまく言い表すことができないと思った。
もう一つの学校に興味がある。
最初は驚いたが、怖さを感じたことはないし、人気はないのに温もりを感じた。
どうして、もう一つの学校に行くのか?
自分にはこれといった明確な理由がないけれど、ジョウとヤマトにはあるのだろうか。
「いまは、まだ……ないの。でも足が向くってことはなにかあるんだと思うわ」
「そうか……」
ジョウはそれ以上はなにも聞かなかった。
「おーい! 早く早く」
廊下の先でヤマトが大きく腕を振っている。
「図書室」と書かれた看板が見えてきて、雅のお気に入りの場所が「図書室」であると、ヤマトはよく自分のことを見てくれているのだなと思った。
その日は、図書館の本を時間の許す限り見て回った。
普段は声が出せない図書室で、「大声が出せるー!」とヤマトは高らかに笑っていた。
ジョウは「うるさいわ」と呆れ顔だった。
そして、帰る前にジョウは正の字を机に1本足し、ヤマトは中等部の3年C組の廊下側の一番前の席に飴を入れていた。
◇◆◇
次の日も、その次の日も雅たちはもう一つの学校に行った。
だが、3人で移動するのは、不自然だ。
休み時間もお昼も雅は相変わらず1人だし、ジョウとヤマトとクラスで会話することはほとんどない。
ヤマトは一方的に雅に話しかけているが、雅はもう一つの学校のことを話してしまいそうで、ヤマトと話すことを避けていた。
なので、クラスメイトに怪しまれないように、ヤマトとジョウが教室を出た10分後に雅も後を追うことで合意した。
「あ! 神崎さん、神崎さん! 座席表も見てみて」
雅が遅れて到着すると、ヤマトがいつものように手招きをする。
教室の後方の壁には、座席表が貼ってある。
「座席表も同じ位置に貼ってあるのね」
真剣な顔で雅が座席表を見ていると、隣に立ったジョウが「お前、今日も怖い顔してんな」と毒を吐く。
雅は笑うことができないできないけれど、怖い顔をしているつもりはなかった。
なので、普段の顔がクラスメイトを怖がらせていると思うと申し訳なかったなと反省する。
「ジョウ。俺は神崎さんの真剣な顔、きれいだと思うよ。見惚れちゃうほどにね」
ヤマトはそう言って雅の肩をトントンとやさしく叩く。
さらには、「ジョウは天邪鬼だから。神崎さんの真剣な顔を見てきゅんとしちゃったんだよ」とフォローした。
ヤマトは察しがいい。
だから、雅が笑えない理由があると気づいているのだ。
いつか、笑えた日に、ヤマトには本当のことを話したいと雅は思った。
視線を座席表に戻すと、そこには、3年C組の生徒の名前が書かれていた。
やっぱりコピーなんだわ。
「生徒の名前……」
「もう一つの3年C組だからね。ひとりひとり、名前も同じなんだ」
「……渡部大和、和田譲……え……」
「どうした? 神崎さん」
突如、硬直した雅を見て、ヤマトもジョウも不思議に思った。
「わ、私の席……」
「神崎さんの席がどうした?」
「……か、神崎雅じゃなくて……」
「え?」
「し、白鳥……雅になってるの……」
ジョウもヤマトもすぐさま座席表を見た。
そして、2人が口を揃えて言うーー。
「「!?…….誰なんだ。白鳥雅って」」
昨日までは完全なコピーだったもう一つの学校。
だが、雅が今日、もう一つの学校に来たときに異変は起きた。
座席表に「白鳥雅」という、こちら側にはいない人物が現れたのだ。
偶然にも雅と同じ名前。
「白鳥雅」とは、いったい誰なのか。
最初、2人は驚きを隠せないようだったが「今日は戻るぞ」というジョウの冷静なひと言に、雅もヤマトも同意した。
雅は「白鳥雅」の名前を見つけた直後、混乱してしまった。
自分は、ある「白鳥雅」を知っていたからーー。


