5月の下旬。
全国の学校より一足先に、私立織姫学園の生徒は、夏服の袖を通す。
5月の最終週でこんなに暑いのだ。
6月第1週目の土曜にある体育祭は熱中症に気をつけなければならない。
あれから、実行委員のジョウと雅は、週2で生徒会室に借り出された。
委員会がある日は、ヤマトがこっそり校内に残ってくれていて、3人で白鳥雅に会いに行った。
だが、白鳥雅に会っても、彼女がどうしてあちら側にいるのか、誰も聞こうとしなかった。
同世代の4人は、親友のように仲良くなった。
ある日は、担任の田中のローラーがついた椅子を使って、人間ボーリングをした。
そのまたある日は、理科室のビーカーを使って家から持ってきたドリップコーヒーを飲んだ。
コーヒーは苦くて、ヤマトはうえっと吐き出した。
そんなヤマトを見て、2人の雅が「汚い」と叱った。
夜中に音楽室のピアノを弾くのも、ハラハラドキドキした。
雅が『エリーゼのために』を弾くと、ヤマトは『猫ふんじゃった』を披露してみせた。
そして、ヤマトは、時々白鳥雅と神崎雅を間違えた。
またしても、2人の雅に怒られた。
今日は、5月4週目の金曜日。
中間テストは無事に終わり、学年トップは、やはりジョウだった。
雅は2位。
ヤマトは、真ん中より少し後半だったらしい。
体育祭が来週末に迫り、委員会の時間も少しずつ伸びていった。
ジョウと雅は、委員会が終わると、いつものように階段の前に向かった。
今日、ヤマトとは、階段前で待ち合わせしている。
「あ!」
「どうした?」
「歴史の教科書を忘れちゃって。予習で使うのだけれど」
「教室に取りに行くか? ヤマトは、待たせとけばいいやろ」
「ひとりで急いで取りに行ってくるわ」
雅が駆け足で教室に向かおうとすると、ジョウが雅の手を掴む。
「俺も一緒に行く」
「え? 大丈夫だから……」
雅はジョウの手を振り払って、教室へ急いだ。
ーードキドキ。
どうしよう。
感じ悪かったわよね。
雅は、自分の行動を反省する。
ジョウのことを特別に思っている自分と、その感情の正体がなんなのかについても雅は気づいていた。
でも、以前もんじゃ焼き店に行ったときに言われた「付き合うか?」という言葉が気にかかって、自分の気持ちを言えずにいた。
「付き合うか?」という前に、普通は「好き」と言われるものでは?と、思い止まる。
そして、冗談だったのだろうと悪い方向に考えてしまうのだ。
教室近くまで来て、トボトボと歩くと後ろから声をかけられる。
「雅ちゃん?」
このジョウに似た声は……。
振り返るとそこには、生徒会会計の八島がいた。
「八島先輩」
雅が八島に駆け寄ると、八島はいつもの無表情を変えて微笑んだ。
八島先輩の笑った顔、初めて見たわ。
「体育祭の準備、進んでるん?」
「はい、おかげさまで」
「よかったわ。そういえば、中間テスト2位やったな。おめでとう。順位表、見たわ」
「……はい。1点差で。八島先輩は、1位でしたよね?」
「え? 俺に興味持ってくれたん?」
雅は、八島に興味があるわけではなく、野村の方が気になっていた。
ジョウと野村の間になにかあるのではないかと嫉妬の気持ちもあったのだ。
中間テストの順位表が貼り出されたとき。
なんとなく高校三年生の順位表も見て、10位のところに野村の名前があり「大したことないわね。生徒会長のくせに」と毒を吐いたことを思い出す。
そうつぶやいたあと、深く後悔した。
人のことを悪く言うなんて……。
雅は、今までそんな自分に出会ったことがなかった。
「八島先輩」
「なに?」
「次は和田くんに勝ちたいので、勉強を教えてくれませんか?」
雅がお願いすると「雅ちゃんのお願いなら、喜んで」と八島は雅の頭に手を置いた。
「ありがとうございます」
雅が御礼を言うと、八島はまた微笑んだ。
八重歯がのぞいて、いつも真面目な八島にもかわいらしい一面があることを知る。
雅と八島の視線が合ったとき。
「離れろ」と毎日、隣の席から聞く声がした。
振り返るとそこにはーー。
「ジョウ……」
雅が名前を口にすると「あーあ。邪魔者や。俺は、退散するわ。またな。雅ちゃん」と八島は、行ってしまった。
ジョウが雅の手を取り、3年C組に急いで入る。
「ジョウ?」
「なに話してたん?」
「……え?」
「はよ答え」
「中間テストの順位の話をしていて……」
「それだけか?」
「どうして?」
「質問してんねん」
「なんか怒ってる?」
「怒っとらんわ」
「えっと……順位の話以外には、勉強を教えてくれるって約束を……」
「はあ!? 絶対2人になんなよ。勉強なら俺が教えたるわ」
「ジョウじゃ、意味ないわ」
「なんでや!」
「なんでそんなにムッとしてるの?」
「んなことどうでもええわ。なんで? 俺じゃ意味ないん」
「ジョウに勝つためだもの」
「そんなことなら、順位落とすから、2人きっきりにならんでくれ」
「……え?」
「頼むから……」
ジョウは真剣に雅を見つめた。
握っている手の力が少しだけ強まった気がした。
「……わかったわ。2人にはならない。でも、手加減されるのは嫌よ。次も全力を出すって約束して」
「ああ、わかった……」
「ジョウ、あと、手……」
「……」
ジョウは、繋いだままの手を、名残惜しそうに離した。
なにをあんなに怒ってるのかしら。
おそらくジョウは、八島先輩ともなにかあるのだ。
野村先輩といい、ジョウはなにを隠してるのだろう。
雅は寂しい気持ちがしながらも、自席に駆け寄った。
「……ちょっと待ってね」
歴史の教科書……歴史の教科書……。
雅が引き出しの中を探しても、中にはなにもない。
「あれ? ロッカーかしら」
今度は、教室の後ろにある個人ロッカーに手をかける。
その直後、雅は硬直した。
「どうした?」
ジョウが雅の横に来る。
雅はなにかを見て、言葉を失っていた。
ジョウが雅の目線の先に視線を移動させると……。
「……え」
ロッカーのネームプレートが「白鳥雅」になっているのだ。
ジョウは、急いで掃除用具入れの近くに貼ってある座席表を確認する。
「……白鳥雅」
座席表の神崎雅も白鳥雅に変わっている。
ジョウは、雅の机も確認した。
机の側面には、自分の机だということがわかるようにマグネットのネームプレートが貼ってある。
ジョウは、側面を見るためにしゃがみ込んだ。
「なんでや……」
机もーー。
「白鳥雅」になっていたからだ。
「ジョウ……どうしよう。私……」
ロッカーの前で小刻みに震える雅。
ジョウは、駆け寄り雅を抱きしめた。
「大丈夫や」
ジョウの力強い腕の力が雅に伝わる。
雅は出ない声を懸命に振り絞った。
「私、どうしたら……」
「落ち着け。俺がなんとかするから」
ジョウは雅の背中をゆっくり撫でた。
どうしよう。
私は、いつの間にか白鳥雅になってしまうの?
神崎雅は?
どうなるの?
しばらくした後。
落ち着いたのか、雅が「もう一つの学校に、行きましょう」とつぶやく。
「今日はやめといた方がいい」
「でも……」
雅は、涙目でジョウを見上げた。
ジョウは、雅の意志ある瞳を見て「わかった」とやさしく言った。
そして、もう一度強く抱きしめた。
「ひとつだけ約束や。あっちに行って、このことを白鳥雅に話したらあかん。状況を整理してからの方がええ。わかったか?」
「……うん、わかったわ」
雅はジョウの胸の中で承諾した。
全国の学校より一足先に、私立織姫学園の生徒は、夏服の袖を通す。
5月の最終週でこんなに暑いのだ。
6月第1週目の土曜にある体育祭は熱中症に気をつけなければならない。
あれから、実行委員のジョウと雅は、週2で生徒会室に借り出された。
委員会がある日は、ヤマトがこっそり校内に残ってくれていて、3人で白鳥雅に会いに行った。
だが、白鳥雅に会っても、彼女がどうしてあちら側にいるのか、誰も聞こうとしなかった。
同世代の4人は、親友のように仲良くなった。
ある日は、担任の田中のローラーがついた椅子を使って、人間ボーリングをした。
そのまたある日は、理科室のビーカーを使って家から持ってきたドリップコーヒーを飲んだ。
コーヒーは苦くて、ヤマトはうえっと吐き出した。
そんなヤマトを見て、2人の雅が「汚い」と叱った。
夜中に音楽室のピアノを弾くのも、ハラハラドキドキした。
雅が『エリーゼのために』を弾くと、ヤマトは『猫ふんじゃった』を披露してみせた。
そして、ヤマトは、時々白鳥雅と神崎雅を間違えた。
またしても、2人の雅に怒られた。
今日は、5月4週目の金曜日。
中間テストは無事に終わり、学年トップは、やはりジョウだった。
雅は2位。
ヤマトは、真ん中より少し後半だったらしい。
体育祭が来週末に迫り、委員会の時間も少しずつ伸びていった。
ジョウと雅は、委員会が終わると、いつものように階段の前に向かった。
今日、ヤマトとは、階段前で待ち合わせしている。
「あ!」
「どうした?」
「歴史の教科書を忘れちゃって。予習で使うのだけれど」
「教室に取りに行くか? ヤマトは、待たせとけばいいやろ」
「ひとりで急いで取りに行ってくるわ」
雅が駆け足で教室に向かおうとすると、ジョウが雅の手を掴む。
「俺も一緒に行く」
「え? 大丈夫だから……」
雅はジョウの手を振り払って、教室へ急いだ。
ーードキドキ。
どうしよう。
感じ悪かったわよね。
雅は、自分の行動を反省する。
ジョウのことを特別に思っている自分と、その感情の正体がなんなのかについても雅は気づいていた。
でも、以前もんじゃ焼き店に行ったときに言われた「付き合うか?」という言葉が気にかかって、自分の気持ちを言えずにいた。
「付き合うか?」という前に、普通は「好き」と言われるものでは?と、思い止まる。
そして、冗談だったのだろうと悪い方向に考えてしまうのだ。
教室近くまで来て、トボトボと歩くと後ろから声をかけられる。
「雅ちゃん?」
このジョウに似た声は……。
振り返るとそこには、生徒会会計の八島がいた。
「八島先輩」
雅が八島に駆け寄ると、八島はいつもの無表情を変えて微笑んだ。
八島先輩の笑った顔、初めて見たわ。
「体育祭の準備、進んでるん?」
「はい、おかげさまで」
「よかったわ。そういえば、中間テスト2位やったな。おめでとう。順位表、見たわ」
「……はい。1点差で。八島先輩は、1位でしたよね?」
「え? 俺に興味持ってくれたん?」
雅は、八島に興味があるわけではなく、野村の方が気になっていた。
ジョウと野村の間になにかあるのではないかと嫉妬の気持ちもあったのだ。
中間テストの順位表が貼り出されたとき。
なんとなく高校三年生の順位表も見て、10位のところに野村の名前があり「大したことないわね。生徒会長のくせに」と毒を吐いたことを思い出す。
そうつぶやいたあと、深く後悔した。
人のことを悪く言うなんて……。
雅は、今までそんな自分に出会ったことがなかった。
「八島先輩」
「なに?」
「次は和田くんに勝ちたいので、勉強を教えてくれませんか?」
雅がお願いすると「雅ちゃんのお願いなら、喜んで」と八島は雅の頭に手を置いた。
「ありがとうございます」
雅が御礼を言うと、八島はまた微笑んだ。
八重歯がのぞいて、いつも真面目な八島にもかわいらしい一面があることを知る。
雅と八島の視線が合ったとき。
「離れろ」と毎日、隣の席から聞く声がした。
振り返るとそこにはーー。
「ジョウ……」
雅が名前を口にすると「あーあ。邪魔者や。俺は、退散するわ。またな。雅ちゃん」と八島は、行ってしまった。
ジョウが雅の手を取り、3年C組に急いで入る。
「ジョウ?」
「なに話してたん?」
「……え?」
「はよ答え」
「中間テストの順位の話をしていて……」
「それだけか?」
「どうして?」
「質問してんねん」
「なんか怒ってる?」
「怒っとらんわ」
「えっと……順位の話以外には、勉強を教えてくれるって約束を……」
「はあ!? 絶対2人になんなよ。勉強なら俺が教えたるわ」
「ジョウじゃ、意味ないわ」
「なんでや!」
「なんでそんなにムッとしてるの?」
「んなことどうでもええわ。なんで? 俺じゃ意味ないん」
「ジョウに勝つためだもの」
「そんなことなら、順位落とすから、2人きっきりにならんでくれ」
「……え?」
「頼むから……」
ジョウは真剣に雅を見つめた。
握っている手の力が少しだけ強まった気がした。
「……わかったわ。2人にはならない。でも、手加減されるのは嫌よ。次も全力を出すって約束して」
「ああ、わかった……」
「ジョウ、あと、手……」
「……」
ジョウは、繋いだままの手を、名残惜しそうに離した。
なにをあんなに怒ってるのかしら。
おそらくジョウは、八島先輩ともなにかあるのだ。
野村先輩といい、ジョウはなにを隠してるのだろう。
雅は寂しい気持ちがしながらも、自席に駆け寄った。
「……ちょっと待ってね」
歴史の教科書……歴史の教科書……。
雅が引き出しの中を探しても、中にはなにもない。
「あれ? ロッカーかしら」
今度は、教室の後ろにある個人ロッカーに手をかける。
その直後、雅は硬直した。
「どうした?」
ジョウが雅の横に来る。
雅はなにかを見て、言葉を失っていた。
ジョウが雅の目線の先に視線を移動させると……。
「……え」
ロッカーのネームプレートが「白鳥雅」になっているのだ。
ジョウは、急いで掃除用具入れの近くに貼ってある座席表を確認する。
「……白鳥雅」
座席表の神崎雅も白鳥雅に変わっている。
ジョウは、雅の机も確認した。
机の側面には、自分の机だということがわかるようにマグネットのネームプレートが貼ってある。
ジョウは、側面を見るためにしゃがみ込んだ。
「なんでや……」
机もーー。
「白鳥雅」になっていたからだ。
「ジョウ……どうしよう。私……」
ロッカーの前で小刻みに震える雅。
ジョウは、駆け寄り雅を抱きしめた。
「大丈夫や」
ジョウの力強い腕の力が雅に伝わる。
雅は出ない声を懸命に振り絞った。
「私、どうしたら……」
「落ち着け。俺がなんとかするから」
ジョウは雅の背中をゆっくり撫でた。
どうしよう。
私は、いつの間にか白鳥雅になってしまうの?
神崎雅は?
どうなるの?
しばらくした後。
落ち着いたのか、雅が「もう一つの学校に、行きましょう」とつぶやく。
「今日はやめといた方がいい」
「でも……」
雅は、涙目でジョウを見上げた。
ジョウは、雅の意志ある瞳を見て「わかった」とやさしく言った。
そして、もう一度強く抱きしめた。
「ひとつだけ約束や。あっちに行って、このことを白鳥雅に話したらあかん。状況を整理してからの方がええ。わかったか?」
「……うん、わかったわ」
雅はジョウの胸の中で承諾した。



