もう一つの学校

 初回の体育祭実行委員会議は、運営への質問の嵐で長引いた。
 私立織姫学園の生徒は、イベントに対する力のかけ具合が尋常じゃない。
 雅とジョウが3年C組に戻ると、時計の針は、18時50分を指している。
 今日は、ジョウではなく、ヤマトが机に顔を突っ伏していた。

「ヤマト?」

 雅が声をかけると、
「雅ちゃーん」
 とヤマトが泣き真似をする。

「どうしたの?」
「居残り勉強させられたー」
「あら、そんなに勉強が苦手だったの?」
「慰めて〜〜」
「よしよし」

 雅がヤマトの頭を撫でると「ウソつくな」とジョウがその手を取り上げた。

「てへ。バレた?」
「どうせ、なんか理由つけて俺らを待ってたんやろ」
「まあ、そんなところ〜。なかなか3人になれなかったし」
「そうね」

 白鳥雅のことを話すなら、いまだろう。
 典姫神社で2人と会ったあの日。
 ジョウには白鳥雅ともう一つの学校で会ったことを直接話したが、ヤマトには「あちら側で白鳥雅と会った」と、LINEで報告しただけだった。
 2人とも詳しい話を聞きたくて、うずうずしているはずだ。

「向かいながら話しをさせて。白鳥雅さんの件。今は、18時53分。ちょうどいいわ」
 
 2人は首を縦に振り、雅とともに教室を出た。
 あの階段に着くまでに、雅はこんなことを話した。

・18時半過ぎにあちら側に行くと夜中である
・夜中のあちら側に白鳥雅が現れる
・白鳥雅の好きな食べ物や本が自分と一緒である

 2人はときどき驚きながらも、真剣に聞いた。

「雅ちゃんが聞いたのは、好きな食べ物と好きな本だけ?」
「いいえ、生年月日も聞いたわ」

 すると、ジョウもヤマトも黙った。
 2人はなんらかの理由で、白鳥雅と私の生年月日が一緒であることを知っていたのね。

「2人は知ってたのね。生年月日が一緒ってこと」
「ごめん! タイミングを見て話そうと思ってたんだよ!」

 ヤマトは焦って雅に謝った。
 ヤマトらしいわ。
 ここまでくると、うそはつけないのよね。

「ううん。黙っていてくれたのよね。ありがとう」

 ヤマトは「ごめん……」としょんぼりしていたが、ジョウはずっと黙っていた。

「それでね。私、白鳥さんと質問をし合って、あの日、私が最後に質問したのは『あなたの両親の名前を教えて』だったの」
「え!?」
「お前の心臓どうなっとんじゃ」
「攻めた質問よね。自分でもびっくりよ。私の心臓はダイヤモンド並みにカッチカチよ」
「モース硬度10やな」
「ジョウ、今、変なツッコミはいいから!」
「……それで、白鳥雅さんの答えは……2人の想像通り。両親の名前も同じだったわ。つまり、白鳥雅さんは、もうひとりの私よ」

 気づけば3人は階段のてっぺんまで来ていた。
 扉を開ければあちら側。
 ジョウとヤマトは、言葉を失っていた。
 同一人物かもしれないと2人は思っていたが、まさか雅本人から聞くことになるとは思わなかったのだ。
 
「2人も白鳥さんに会ってしまえば、意外と大丈夫よ。得体の知れないものだからこわいの。正体がわかればへっちゃらよ」

 雅は、戸惑う2人をよそに迷いなく扉を開いた。

◇◆◇

 あちら側。
 月明かりに照らされた教室。
 夜だからか、少し肌寒いような気もする。
 ジョウもヤマトも恐る恐る掃除用具入れから出てきた。
 教室にはひとり。
 黒板の前に立つ、女子生徒の背中があった。

「白鳥さん」

 雅が声をかけた人物がこちらを向く。
 徐々に近づくその人を見て、ジョウとヤマトは驚愕した。
 目、鼻、口、背丈、髪型……神崎雅と白鳥雅が瓜二つの容姿だったからだ。

「今日は、ひとりじゃないのね」

 白鳥雅の声を聞いて、ヤマトが「声までそっくり!」と思わず口にした。

「あ……ごめん!」
「ヤマト、大丈夫よ。白鳥さん、紹介するわね。友人の和田ジョウくんと渡部ヤマトくんよ」
「和田くんもヤマトくんも同じクラスだから知ってるわ」
「そっか。そうよね。2人は3年C組だものね」
「初めまして。そちら側の和田くん、ヤマトくん」

 白鳥雅がバレリーナのように美しくお辞儀するので、ジョウもヤマトもなんとなくお辞儀した。

「ヤマトもジョウも自分の席に座っていいわよ」
「あ、うん」
「お前、なんか張り切ってんな」
「そうかしら」

 2人は定位置につき、白鳥雅も雅も椅子に腰を下ろした。
 雅は、一人っ子。
 白鳥雅と出会い、自分と瓜二つの彼女を、姉のように、そして、妹のように思い始めていた。
 なんせ、好きなものはすべて一緒。
 話が合わないわけがない。
 なぜなら、もうひとりの自分なのだからーー。
 雅は、ゴールデンウィークが終わるまで、ほぼ毎日白鳥雅に会いに来ていたのだ。
 ジョウにはひとりで行くなと言われていたが……。

 突然、白鳥雅は、ジョウに話を振った。

「そちら側の和田くんは、関西弁なのね」
「あ? どういうことや?」
「私のクラスメイトの和田くんは、標準語よ」
「そうなんや」
「それに、もっと寡黙」
「おしゃべりで悪かったな」
「ヤマトくんは……変わらないわね」
「ズコー! 期待しちゃったじゃん!」
「ふふ。うそうそ。ヤマトくんも少し違うわ」
「どこが違うんだろ!」
「んー、それはナイショ。それにしても、3人と話せて嬉しいわ。でも、大丈夫? こんな時間に来て」
「大丈夫よ。白鳥さんこそ大丈夫?」
「ええ」
「そう、よかったわ」

 ジョウもヤマトもそっくりな2人が会話するのを改めて見て、やはり戸惑っているようだった。
 側から見ると、同じ声で同じ顔が話しているのは、少々不気味なのかもしれない。
 
「それで、そちら側の世界でも、私とヤマトくんはお付き合いしているのかしら」
「「「え!!!」」」

 3人は口を揃えて驚いた。
 ヤマトと白鳥雅が付き合っている……!?

「あら、違うの?」
「違うもなにも。ヤマトとジョウは友達よ!」

 雅が急いで訂正する。

「そう」
「やばい、俺、雅ちゃんと付き合えるの!?」
「ヤマト、調子乗んな」
「ははは! ジョウ、内心焦ってるんでしょ」
「なんで和田くんが焦るの?」
「そりゃだってジョウは……」
「おい! 余計なこと言うな」

 ジョウがヤマトに飛びつき、手で口を覆う。
 そして慌てながら、ジョウは会話をすり替えた。

「白鳥、お前とこいつも、少し違うで」
「え?」

 ジョウは、雅を親指で刺しながら白鳥雅に言った。

「白鳥さんと私が違うのは、苗字くらいじゃないの?」
「いや、お前はDIC-582や。白鳥と違う」
「そのディックってやつ、ずっと言ってるけどなんなのー」

 ヤマトも会話に参加した。
 白鳥さんと私は色が違う?

「髪の色や」
「え? 白鳥さんと私の髪色が違うの?」
「ああ、お前の髪は、きれいなDIC-582やからな」