ゴールデンウィーク明け初日。
夏はもう少し先だが、暑い日があったからか、今年は蝉が早々に歌を歌いはじめた。
雅は朝早く目が覚めてしまって、いつもより早く家を出た。
教室には、相変わらず机に顔を貼り付けて、窓側を見ているジョウの姿があった。
桜の木々は、青々とした緑の葉でいっぱいだ。
「DIC-598ってところかしら」
雅が母から借りたカラーガイドを広げて、葉の色を確認する。
すると、ジョウはムクっと起き上がった。
「いや、572やな」
「起きてたの?」
「俺はいつも寝とらんわ」
雅がスクールバッグから、今日の授業で使う教科書を引き出しに入れる。
だが……。
すでに引き出しの中に本のようなものが入っていた。
熱を出して長期休みに入ったから、なにか忘れて帰ったのかしら。
入っていた本を取り出すと、それは古文の教科書だった。
「あれ……?」
「どうした?」
雅の声に、ジョウが反応する。
「古文の教科書が入ってて。今朝、家から持ってきたはず……誰かが間違えたのかしら」
雅は、教科書を裏返す。
名前を確認するとーー。
そこには「白鳥雅」と書かれていた。
「……!」
「おい、お前。これって……」
ジョウも驚き、身を乗り出して教科書を見る。
「白鳥さんの教科書……?」
そのとき。
ーーガラガラガラガラ。
教室のドアが開く。
ーーバッ。
雅は、咄嗟に教科書を表に返した。
「あ! いたいた! 和田くん!」
「……野村先輩」
教室と廊下の境界線の上に立つ、高等部の制服を着たショートカットの先輩。
うさぎのようなふわふわしたかわいらしい人だ。
「和田くんが連絡先を教えてくれないから、教室まできちゃったよ〜」
ジョウは席を立ち、引き寄せられるようにその先輩の元へ向かった。
「例の件なんだけど……」
先輩が話そうとすると「場所、変えましょ」とジョウは先輩とともにどこかへ行こうとする。
「ジョウ? どこ行くの?」
雅が呼び止めるとジョウは振り返らず、
「悪いな、野暮用や」
と行ってしまった。
雅は、ジョウがいなくなった教室でひとり、もう一度古文の教科書を確認した。
「やっぱり……」
白鳥雅の名前が書かれている。
そして、雅は、マッキーで書かれた白鳥雅という文字を手で撫でた。
「あれ? 雅ちゃん、ひとり? わーい! 2人きりじゃん」
ヤマトが登校してきて、いつもの調子で自席につく。
本当は、3人でこのことについて話したかった。
だが、ジョウはどこかに行ってしまったのでしょうがない。
「……ヤマト。これを見て」
ヤマトは固まり、みるみるうちに青ざめていく。
「これって……」
「白鳥雅さんの古文の教科書みたいなの……」
「ど、どういうこと!? てか、雅ちゃんのは?」
「私のは……ここにあるわ」
雅は、スクールバッグの中にあった自分の古文の教科書をヤマトに見せた。
「どういうこと……」
「私にもわからない……。でも、ジョウはどこかに行っちゃうし……」
「え? ジョウ、もう来てんの? あいつ早いな」
「……知らない先輩と2人でどこかに行ったわ」
「知らない先輩? こんなときになにしてんだよ」
「さあね」
プイッと少し怒った様子の雅を見て、ヤマトはジョウに会いにきた人は、女子の先輩だとわかったらしい。
「あ! それって、ショートカットの先輩?」
「……ええ。ヤマトも知り合い?」
「あー、知ってるっていうか。その人、生徒会長だから」
「え? あの人が高等部の生徒会長なの? 生徒会長とジョウって、知り合いなの?」
ヤマトは、雅に詰め寄られてぎゅっと目を閉じた。
高等部には、知り合いがいないようなこと言ってたのに。
「それは〜その〜。まあまあ、落ち着いて。雅ちゃん」
「2人して、なにか隠してるんでしょ?」
目をパッと開いたヤマトは、今度は雅の机にうなだれる。
「怒んないでよ〜」
「ゴールデンウィークあたりから怪しいわ」
「そんなことないよー! 仲間割れしたっていいことないから、ね? てか、白鳥雅に関するものはこれだけ? ほかにもなにかあったりした?」
「ヤマト、話題変えようとしてるでしょ」
「へへへ。バレた?」
「もういいわ」
ふんっと鼻を鳴らして、雅は筆箱の中を確認した。
ヤマトの言う通り、ほかにも白鳥雅の痕跡があるものが手元にあるかもしれない。
今は、教科書以外の異変はないか、確認すべきよね。
これ以上の異変はあって欲しくないが、なにかある気がする。
すると、筆箱の中に見慣れない消しゴムがあった。
シンプルなブルーと白のラインが入った消しゴムだ。
もしかして……。
「これ……」
雅は、消しゴムを取り出して、カバーを恐る恐るずらす。
「消しゴムがどうかしたの?」
「これ……私のじゃない」
「え?」
消しゴムカバーをずらして現れたのはーーマッキーで書かれた「白鳥雅」の名前だった。
「……これも白鳥さんのものね」
「……! なにが起きてるんだ」
◇◆◇
今日の最後の授業は、体育祭の係決め。
織姫学園の体育祭は、6月第1週目の土曜日に開催される。
「体育祭実行委員をやってくれる人ー?」
担任の田中が生徒たちを見渡し、挙手を促す。
しんと静まり返った室内。
生徒たちは目配せして、誰が手をあげるのだろうと見張る。
「はい」
雅は、肘をピンと張って手を挙げた。
学校に遅くまで残るチャンスかもしれない。
18時半以降に公式で残れる理由がほしい。
自分の元に「白鳥雅」のモノがある以上、「白鳥雅」に会える18時半以降にもう一つの学校に行かなければならない。
「神崎さん、やってくれるの! 助かるわ。毎年、実行委員はくじ引きだから……」
すると、雅の後に続いて、男子たちが一斉に手を挙げる。
「先生! 俺やります」
「いや、俺が!」
「お前、そういうのやったことねーだろ」
「うるせえ! お前もだろ!」
え!?
こんなにやりたい人がいるの?
体育祭実行委員は、クラスに男女一名ずつと決まっている。
「ちょっとちょっとー! みんな争わないで! 俺の雅ちゃんなんだからー!」
ヤマトは、相変わらずふざけている。
田中は収拾がつかないと思ったのか、頭を抱えていた。
みんな、どうしたのだろう。
そして、最後に手を挙げたのはーー。
「俺がやるわ」
ジョウだった。
え……?
「ジョウ?」
雅は、驚いて左を向く。
「おい! 和田! イケメンはダメだ!」
「それに、最後に挙げたやつはダメだぞ!」
「そうだそうだ! 遅いし、イケメンだし! 和田はダメ!」
男子たちは、ブーイングの嵐だ。
盛り上がるクラスをメイトたち。
祭りの前というワクワク感を感じるのか、女子たちもニコニコしながら「イケメンなのは関係なくない?」などとこそこそ話をしていた。
「うるさいわ」
ジョウはボソッとつぶやく。
「落ち着け、落ち着け! 俺にいい考えがある」
ヤマトは、立ち上がって大きな声を上げた。
みんな一斉にヤマトに注目する。
「このクラスで一番頭がいいのは誰だよ?」
「そりゃ、和田だろ」
「でも神崎さん、転入試験、満点だったって」
「じゃあ、神崎さん?」
ざわめきが収まらない中、ヤマトは続けた。
「俺らは、体育祭、優勝したい。それは、総意でいいよな?」
「「「そりゃもちろん!」」」
男子たちは声を上げて同意し、女子たちはこくんと首を縦に振った。
このクラスはイベントごとには全力なのね。
「体育祭は、運動能力だけじゃ勝てない。つまり、戦法が重要だ」
みんな、ごくんと息を呑む。
戦法……?
「運動能力をこれから伸ばすのは難しい。ただ、俺らのポテンシャルを最大限に活かせるのは、クラス一の頭脳を持つ、ジョウと雅ちゃんなんじゃねーかって俺は思う」
「「「たしかに〜!」」」
みんなが同意すると、ヤマトは畳み掛けた。
「実行委員は、雅ちゃんとジョウでいくのがベストだ。これは、クラス一丸となった、戦術! 関ヶ原の戦いじゃ!」
「「「おーーー!!!」」」
男子全員が立ち上がり、声を上げて盛り上がる。
女子は手叩きしながら、合いの手を入れる。
「ジョウ!」
「チャチャチャ!」
「雅!」
「チャチャチャ!」
「ジョウ!」
「チャチャチャ!」
「雅!」
「チャチャチャ!」
ヤマトは掛け声の中に紛れ込みながら、雅にだけわかるようにウィンクした。
さすが、茶髪パピヨン。
ヤマトのおかげで体育祭実行委員は、無事にジョウと雅に決定した。
放課後。
さっそく、体育祭実行委員は、高等部の生徒会室に呼び出された。
体育祭の運営は、高等部と中等部の生徒会、そして体育祭実行委員が担当する。
運営のメインは高等部の生徒会メンバーだ。
雅とジョウは、高等部の廊下を経由して、生徒会室に向かう。
「ねえ、ジョウ」
「なんや」
「今朝のことだけど」
「ああ。委員会終わったら、話すか?」
「……うん。ありがとう」
「朝、悪かったな。ひとりにして」
「あ、ううん。大丈夫よ。ヤマトがすぐに来て、話を聞いてくれたから」
「……あっそ」
しばらく無言で歩いていたが、耐えきれず雅はジョウに質問した。
自分は18時半以降に残るために立候補したが、ジョウがなぜ実行委員をやると言い出したのか、気になっていたのだ。
「……どうしてジョウは、実行委員に立候補したの?」
「あ? そんなん、お前がやるからに決まってるやろ」
ドキッと雅の胸は高鳴る。
ジョウは、最近こういうことをさらっと言うので、雅は意識しないように努めていた。
すると、高等部の3年A組の前でジョウが足を止めた。
「あれ? 和田くん?」
教室からひょこっと顔を出したのは、今朝のショートカットの先輩だった。
「ああ、野村先輩」
ジョウが立ち止まり、雅はペコっとお辞儀をした。
雅の胸にもやっとした気持ちが再度現れる。
「もしかして、和田くん、体育祭実行委員?」
「はい」
「ははは! キャラじゃなくない?」
野村はぴょんと小さく跳び、ジョウの前に立った。
やっぱり。うさぎみたいだ。
屈託ない笑顔の野村を見て、雅は自分とは正反対だなと思った。
ジョウは、野村の質問に答える。
「たしかに。いつもならよーやらんですけど」
少し間が空いて、雅はジョウの顔を見上げた。
すると、ジョウは雅の肩を抱く。
「こいつがどうしても一緒にやりたいって言うんで。仕方なくです」
そう言って意地悪そうな顔で笑った。
……え!
ジョウは「じゃ、また後で」と野村にお辞儀をし、再び歩き始めた。
雅も急いでお辞儀をして、ジョウと足並みを揃える。
それから、雅はドキドキしてしまって、どうやってここまで来たかあまり覚えていない。
あっという間に目的地ーー生徒会室に到着する。
重厚な扉。
ここが生徒会室ですと意思表示しているようだ。
ジョウの手は、まだ雅の肩にある。
「……ちょっと」
雅がその手を退けようとすると「このままでいいやろ。虫除けや」とジョウはさらに強く雅の肩を抱いた。
虫除け?
なに言ってるのだろう。
このままじゃ、心臓がもたない。
「勘違いされるわ」
雅はジョウの手を振り払って、生徒会室の扉を開けた。
室内は、広々としたロイヤル感のある空間だ。
「素敵な生徒会室……」
入り口横に、長机が置いてある。
机の側面には、「受付」と紙が貼ってあった。
高等部の制服を着たメガネをかけた黒髪の人が、別のクラスの生徒を案内しているので、順番を待つ。
メガネの人……誰かと似ている……?
「次の人……」
すると、その人は一瞬、ジョウの顔を見て固まった。
「あの……」
雅が声をかけるとハッと我に返って「名前をここに記入して」とその先輩は、案内を続けた。
「生徒会、会計の八島です」
関西弁……。
先輩の自己紹介を聞いて、立ち姿がジョウと似ていると腹落ちした。
「中等部3年C組、神崎雅です」
「……和田譲です」
「ああ、君が雅ちゃんか」
「え? どこかでお会いしてましたか?」
「いや。はじめましてやで。かわいい子やな」
「おい」
隣のジョウがあからさまに八島を睨んで突っかかる。
「ジョウ、どうしたの?」
「なんもないわ。はよ、案内してくれませんか? 先輩」
ジョウは雅を無視して、八島を急かした。
八島はふっと鼻で笑う。
そして、「こちらへどうぞ」と雅とジョウを席に案内した。
八島が別の人の案内に戻ると、雅はジョウに「知り合い?」と聞いてみる。
しかし、ジョウは「いや」と否定して、それ以上話さなかった。
雅は深掘りせず、そっとすることにした。
八島さん……ジョウと話し方も似ていたわ。
会ったことないのに、雅ちゃんって……。
夏はもう少し先だが、暑い日があったからか、今年は蝉が早々に歌を歌いはじめた。
雅は朝早く目が覚めてしまって、いつもより早く家を出た。
教室には、相変わらず机に顔を貼り付けて、窓側を見ているジョウの姿があった。
桜の木々は、青々とした緑の葉でいっぱいだ。
「DIC-598ってところかしら」
雅が母から借りたカラーガイドを広げて、葉の色を確認する。
すると、ジョウはムクっと起き上がった。
「いや、572やな」
「起きてたの?」
「俺はいつも寝とらんわ」
雅がスクールバッグから、今日の授業で使う教科書を引き出しに入れる。
だが……。
すでに引き出しの中に本のようなものが入っていた。
熱を出して長期休みに入ったから、なにか忘れて帰ったのかしら。
入っていた本を取り出すと、それは古文の教科書だった。
「あれ……?」
「どうした?」
雅の声に、ジョウが反応する。
「古文の教科書が入ってて。今朝、家から持ってきたはず……誰かが間違えたのかしら」
雅は、教科書を裏返す。
名前を確認するとーー。
そこには「白鳥雅」と書かれていた。
「……!」
「おい、お前。これって……」
ジョウも驚き、身を乗り出して教科書を見る。
「白鳥さんの教科書……?」
そのとき。
ーーガラガラガラガラ。
教室のドアが開く。
ーーバッ。
雅は、咄嗟に教科書を表に返した。
「あ! いたいた! 和田くん!」
「……野村先輩」
教室と廊下の境界線の上に立つ、高等部の制服を着たショートカットの先輩。
うさぎのようなふわふわしたかわいらしい人だ。
「和田くんが連絡先を教えてくれないから、教室まできちゃったよ〜」
ジョウは席を立ち、引き寄せられるようにその先輩の元へ向かった。
「例の件なんだけど……」
先輩が話そうとすると「場所、変えましょ」とジョウは先輩とともにどこかへ行こうとする。
「ジョウ? どこ行くの?」
雅が呼び止めるとジョウは振り返らず、
「悪いな、野暮用や」
と行ってしまった。
雅は、ジョウがいなくなった教室でひとり、もう一度古文の教科書を確認した。
「やっぱり……」
白鳥雅の名前が書かれている。
そして、雅は、マッキーで書かれた白鳥雅という文字を手で撫でた。
「あれ? 雅ちゃん、ひとり? わーい! 2人きりじゃん」
ヤマトが登校してきて、いつもの調子で自席につく。
本当は、3人でこのことについて話したかった。
だが、ジョウはどこかに行ってしまったのでしょうがない。
「……ヤマト。これを見て」
ヤマトは固まり、みるみるうちに青ざめていく。
「これって……」
「白鳥雅さんの古文の教科書みたいなの……」
「ど、どういうこと!? てか、雅ちゃんのは?」
「私のは……ここにあるわ」
雅は、スクールバッグの中にあった自分の古文の教科書をヤマトに見せた。
「どういうこと……」
「私にもわからない……。でも、ジョウはどこかに行っちゃうし……」
「え? ジョウ、もう来てんの? あいつ早いな」
「……知らない先輩と2人でどこかに行ったわ」
「知らない先輩? こんなときになにしてんだよ」
「さあね」
プイッと少し怒った様子の雅を見て、ヤマトはジョウに会いにきた人は、女子の先輩だとわかったらしい。
「あ! それって、ショートカットの先輩?」
「……ええ。ヤマトも知り合い?」
「あー、知ってるっていうか。その人、生徒会長だから」
「え? あの人が高等部の生徒会長なの? 生徒会長とジョウって、知り合いなの?」
ヤマトは、雅に詰め寄られてぎゅっと目を閉じた。
高等部には、知り合いがいないようなこと言ってたのに。
「それは〜その〜。まあまあ、落ち着いて。雅ちゃん」
「2人して、なにか隠してるんでしょ?」
目をパッと開いたヤマトは、今度は雅の机にうなだれる。
「怒んないでよ〜」
「ゴールデンウィークあたりから怪しいわ」
「そんなことないよー! 仲間割れしたっていいことないから、ね? てか、白鳥雅に関するものはこれだけ? ほかにもなにかあったりした?」
「ヤマト、話題変えようとしてるでしょ」
「へへへ。バレた?」
「もういいわ」
ふんっと鼻を鳴らして、雅は筆箱の中を確認した。
ヤマトの言う通り、ほかにも白鳥雅の痕跡があるものが手元にあるかもしれない。
今は、教科書以外の異変はないか、確認すべきよね。
これ以上の異変はあって欲しくないが、なにかある気がする。
すると、筆箱の中に見慣れない消しゴムがあった。
シンプルなブルーと白のラインが入った消しゴムだ。
もしかして……。
「これ……」
雅は、消しゴムを取り出して、カバーを恐る恐るずらす。
「消しゴムがどうかしたの?」
「これ……私のじゃない」
「え?」
消しゴムカバーをずらして現れたのはーーマッキーで書かれた「白鳥雅」の名前だった。
「……これも白鳥さんのものね」
「……! なにが起きてるんだ」
◇◆◇
今日の最後の授業は、体育祭の係決め。
織姫学園の体育祭は、6月第1週目の土曜日に開催される。
「体育祭実行委員をやってくれる人ー?」
担任の田中が生徒たちを見渡し、挙手を促す。
しんと静まり返った室内。
生徒たちは目配せして、誰が手をあげるのだろうと見張る。
「はい」
雅は、肘をピンと張って手を挙げた。
学校に遅くまで残るチャンスかもしれない。
18時半以降に公式で残れる理由がほしい。
自分の元に「白鳥雅」のモノがある以上、「白鳥雅」に会える18時半以降にもう一つの学校に行かなければならない。
「神崎さん、やってくれるの! 助かるわ。毎年、実行委員はくじ引きだから……」
すると、雅の後に続いて、男子たちが一斉に手を挙げる。
「先生! 俺やります」
「いや、俺が!」
「お前、そういうのやったことねーだろ」
「うるせえ! お前もだろ!」
え!?
こんなにやりたい人がいるの?
体育祭実行委員は、クラスに男女一名ずつと決まっている。
「ちょっとちょっとー! みんな争わないで! 俺の雅ちゃんなんだからー!」
ヤマトは、相変わらずふざけている。
田中は収拾がつかないと思ったのか、頭を抱えていた。
みんな、どうしたのだろう。
そして、最後に手を挙げたのはーー。
「俺がやるわ」
ジョウだった。
え……?
「ジョウ?」
雅は、驚いて左を向く。
「おい! 和田! イケメンはダメだ!」
「それに、最後に挙げたやつはダメだぞ!」
「そうだそうだ! 遅いし、イケメンだし! 和田はダメ!」
男子たちは、ブーイングの嵐だ。
盛り上がるクラスをメイトたち。
祭りの前というワクワク感を感じるのか、女子たちもニコニコしながら「イケメンなのは関係なくない?」などとこそこそ話をしていた。
「うるさいわ」
ジョウはボソッとつぶやく。
「落ち着け、落ち着け! 俺にいい考えがある」
ヤマトは、立ち上がって大きな声を上げた。
みんな一斉にヤマトに注目する。
「このクラスで一番頭がいいのは誰だよ?」
「そりゃ、和田だろ」
「でも神崎さん、転入試験、満点だったって」
「じゃあ、神崎さん?」
ざわめきが収まらない中、ヤマトは続けた。
「俺らは、体育祭、優勝したい。それは、総意でいいよな?」
「「「そりゃもちろん!」」」
男子たちは声を上げて同意し、女子たちはこくんと首を縦に振った。
このクラスはイベントごとには全力なのね。
「体育祭は、運動能力だけじゃ勝てない。つまり、戦法が重要だ」
みんな、ごくんと息を呑む。
戦法……?
「運動能力をこれから伸ばすのは難しい。ただ、俺らのポテンシャルを最大限に活かせるのは、クラス一の頭脳を持つ、ジョウと雅ちゃんなんじゃねーかって俺は思う」
「「「たしかに〜!」」」
みんなが同意すると、ヤマトは畳み掛けた。
「実行委員は、雅ちゃんとジョウでいくのがベストだ。これは、クラス一丸となった、戦術! 関ヶ原の戦いじゃ!」
「「「おーーー!!!」」」
男子全員が立ち上がり、声を上げて盛り上がる。
女子は手叩きしながら、合いの手を入れる。
「ジョウ!」
「チャチャチャ!」
「雅!」
「チャチャチャ!」
「ジョウ!」
「チャチャチャ!」
「雅!」
「チャチャチャ!」
ヤマトは掛け声の中に紛れ込みながら、雅にだけわかるようにウィンクした。
さすが、茶髪パピヨン。
ヤマトのおかげで体育祭実行委員は、無事にジョウと雅に決定した。
放課後。
さっそく、体育祭実行委員は、高等部の生徒会室に呼び出された。
体育祭の運営は、高等部と中等部の生徒会、そして体育祭実行委員が担当する。
運営のメインは高等部の生徒会メンバーだ。
雅とジョウは、高等部の廊下を経由して、生徒会室に向かう。
「ねえ、ジョウ」
「なんや」
「今朝のことだけど」
「ああ。委員会終わったら、話すか?」
「……うん。ありがとう」
「朝、悪かったな。ひとりにして」
「あ、ううん。大丈夫よ。ヤマトがすぐに来て、話を聞いてくれたから」
「……あっそ」
しばらく無言で歩いていたが、耐えきれず雅はジョウに質問した。
自分は18時半以降に残るために立候補したが、ジョウがなぜ実行委員をやると言い出したのか、気になっていたのだ。
「……どうしてジョウは、実行委員に立候補したの?」
「あ? そんなん、お前がやるからに決まってるやろ」
ドキッと雅の胸は高鳴る。
ジョウは、最近こういうことをさらっと言うので、雅は意識しないように努めていた。
すると、高等部の3年A組の前でジョウが足を止めた。
「あれ? 和田くん?」
教室からひょこっと顔を出したのは、今朝のショートカットの先輩だった。
「ああ、野村先輩」
ジョウが立ち止まり、雅はペコっとお辞儀をした。
雅の胸にもやっとした気持ちが再度現れる。
「もしかして、和田くん、体育祭実行委員?」
「はい」
「ははは! キャラじゃなくない?」
野村はぴょんと小さく跳び、ジョウの前に立った。
やっぱり。うさぎみたいだ。
屈託ない笑顔の野村を見て、雅は自分とは正反対だなと思った。
ジョウは、野村の質問に答える。
「たしかに。いつもならよーやらんですけど」
少し間が空いて、雅はジョウの顔を見上げた。
すると、ジョウは雅の肩を抱く。
「こいつがどうしても一緒にやりたいって言うんで。仕方なくです」
そう言って意地悪そうな顔で笑った。
……え!
ジョウは「じゃ、また後で」と野村にお辞儀をし、再び歩き始めた。
雅も急いでお辞儀をして、ジョウと足並みを揃える。
それから、雅はドキドキしてしまって、どうやってここまで来たかあまり覚えていない。
あっという間に目的地ーー生徒会室に到着する。
重厚な扉。
ここが生徒会室ですと意思表示しているようだ。
ジョウの手は、まだ雅の肩にある。
「……ちょっと」
雅がその手を退けようとすると「このままでいいやろ。虫除けや」とジョウはさらに強く雅の肩を抱いた。
虫除け?
なに言ってるのだろう。
このままじゃ、心臓がもたない。
「勘違いされるわ」
雅はジョウの手を振り払って、生徒会室の扉を開けた。
室内は、広々としたロイヤル感のある空間だ。
「素敵な生徒会室……」
入り口横に、長机が置いてある。
机の側面には、「受付」と紙が貼ってあった。
高等部の制服を着たメガネをかけた黒髪の人が、別のクラスの生徒を案内しているので、順番を待つ。
メガネの人……誰かと似ている……?
「次の人……」
すると、その人は一瞬、ジョウの顔を見て固まった。
「あの……」
雅が声をかけるとハッと我に返って「名前をここに記入して」とその先輩は、案内を続けた。
「生徒会、会計の八島です」
関西弁……。
先輩の自己紹介を聞いて、立ち姿がジョウと似ていると腹落ちした。
「中等部3年C組、神崎雅です」
「……和田譲です」
「ああ、君が雅ちゃんか」
「え? どこかでお会いしてましたか?」
「いや。はじめましてやで。かわいい子やな」
「おい」
隣のジョウがあからさまに八島を睨んで突っかかる。
「ジョウ、どうしたの?」
「なんもないわ。はよ、案内してくれませんか? 先輩」
ジョウは雅を無視して、八島を急かした。
八島はふっと鼻で笑う。
そして、「こちらへどうぞ」と雅とジョウを席に案内した。
八島が別の人の案内に戻ると、雅はジョウに「知り合い?」と聞いてみる。
しかし、ジョウは「いや」と否定して、それ以上話さなかった。
雅は深掘りせず、そっとすることにした。
八島さん……ジョウと話し方も似ていたわ。
会ったことないのに、雅ちゃんって……。



