神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 もう一度試してみても同じだった。
 何が自分を蝕んでいるのかは見えている。
 どうにかできるかもしれないのに、このままでは手を伸ばすことさえできない。

 「このままじゃ……」

 小さく呟いた、その時だった。
 シエラと肉体を繋いでいた紫色の光が、一段と強く輝いた。

 「テオドア!」

 グランツの鋭い声が飛ぶ。

 「まだ、足りません」
 「これ以上魔力を注げば、本当に身体が持たんぞ!」

 シエラも必死に叫ぶ。
 
 「旦那様! もう十分です!」
 「十分じゃない」
 「でも――」
 「君を戻すまで、終われない」

 シエラが息を呑んだ。
 直後、強まった紫色の光がシエラの魂を伝い、両手へと集まっていく。

 「……?」
 
 透けていた指先から手首まで、両手だけが、現実の世界へ形を持ち始めていた。

 「魂の一部だけを……実体化させているのか」

 グランツが信じられないものを見るように呟く。
 テオドアの肩がわずかに揺れた。限界が近いことは明らかなのに、それでもシエラから目を逸らさない。

 「長くは保ちません」

 シエラも、そんなテオドアから目を離せなかった。
 
 「旦那様……」
 「シエラ」
 「はい」
 「今のうちにやれ」

 シエラは、ゆっくりと自分の両手を見つめた。
 前世から、ずっと使ってきた手だった。

 疲れた人の身体をほぐし、眠れない人を眠らせてきた。
 この世界へ来てからも、テオドアを、グランツを、ルシアンを、そして第一王子アーヴィンを、この手で何度も助けてきた。
 けれど。
 この手を、自分自身のために使ったことは一度もない。

 シエラは自分の肉体へ視線を落とした。
 黒い糸は、今も全身へ深く絡みついている。

 (……そうだ)

 凝っているなら。詰まっているなら。絡まっているのなら。

 (ほぐせばいい)

 実体を取り戻した両手を、自分自身の頭へそっと添える。

 「……よし」

 一度大きく意識を集中させてから、シエラは静かに息を吐いた。

 「今度は、私の番」

 そして、ゆっくりと指を動かし始めた。

 *
 
 触れた瞬間、これまで感じたどんな滞りよりも重い感触が指先へ返ってきた。
 黒い糸は何重にも絡まり、無理にほどこうとすれば、かえって指へまとわりついてくるようだった。

 それでも、シエラは手を止めない。
 側頭部から耳の後ろ、首の付け根へと指を滑らせ、流れが塞がれている場所を探っていく。

 (……ここ)

 見つけた一点へゆっくりと指を沈めると、黒い糸がわずかに緩んだ。

 (いける)

 前世で身につけた技術も、この世界で覚えた魔力の流れを感じ取る感覚も。
 これまで誰かを助けるために使ってきたすべてを、今、初めて自分自身へ向ける。

 自分だって、助けていい。
 誰かを大切にするのと同じように、自分のことだって大事にしていい。

 (旦那様と、これからも一緒に生きていくために)

 シエラは黒く絡み合った大きな塊へ、両手をかけた。

 「だから……!」

 指を深く差し込み、ありったけの力を込める。

 「私は――私を助ける!」