夜会も半ばを過ぎた頃、アーヴィンとグランツから声をかけられ、テオドアはしばらく席を外すことになった。
「少し話してくる」
「はい」
頷いたシエラに、テオドアはなぜかその場を離れようとせず、わずかに眉を寄せる。
「……ここにいてくれ」
「え?」
「すぐ戻る」
それだけ言い残して歩き出したものの、数歩進んだところで一度振り返る。
シエラは思わず小さく笑った。
(そんなに心配しなくても大丈夫なのに)
何だかくすぐったいけれど、嫌ではなかった。
一人になったシエラは、会場の端へ移動して小さく息をつく。
今夜は、本当にいろいろなことがあった。
大勢の前で顔を上げ、父にも自分の意思をはっきり伝えることができた。
(私も……ちゃんと変われているんだわ)
「シエラ」
不意に名前を呼ばれ、シエラの表情が強張る。
振り返ると、そこにはひときわ華美なドレスに身を包んだベアトリスが立っていた。
「……お義母様」
「久しぶりね」
以前のような露骨な侮蔑はなく、ベアトリスは不自然なほど穏やかな笑みを浮かべている。
けれど、近くにエリザの姿は見当たらなかった。
「今夜はすっかり注目の的ね」
「……ありがたいことです」
「そう」
ベアトリスはそう答えながら、シエラの姿を上から下まで眺めた。
その視線を受けただけで、身体が強張りそうになる。
「あら。髪が少し乱れているわ」
ベアトリスが手を伸ばした瞬間、シエラは反射的に身を竦めた。
「どうしたの? 直してあげるだけよ」
いつもならあり得ないほど優しげなその仕草が、かえって不気味だった。
(何が目的なの……?)
「もう結構です。自分で――」
身を引いた拍子に、ベアトリスの指輪へ髪が絡む。
ぷつ、と数本が抜けた。
「痛っ……」
「まあ、ごめんなさい。指輪に絡んでしまったみたい」
張り付けたような笑みを崩さないベアトリスに、シエラは言い知れない寒気を覚えた。
その時、会場の向こうからこちらへ戻ってくるテオドアの姿が見えた。
(……とにかく、離れよう)
「失礼します」
短く告げると、シエラはベアトリスに背を向け、テオドアのもとへ歩き出した。
だから気づかなかった。
ベアトリスが、指輪に絡みついた亜麻色の髪をそっと外し、そのまま掌へ包み込んだことに。
*
しばらくして、ベアトリスは人目を避けるように会場を抜け、王宮の控室へ入った。
中では、エリザが一人で待っていた。
「お母様」
「これでいいのね?」
ベアトリスが掌を開くと、そこには先ほど抜き取ったシエラの髪が数本載っていた。
それを見た途端、エリザの目が輝く。
「ええ。十分よ」
母の手から髪を受け取り、エリザは満足そうにそれを眺めた。
「これで、お姉様に思い出させてあげられるわ」
「何を?」
「自分が、どれだけ醜くて――価値のない人間なのか」
ベアトリスは満足そうに目を細める。
「昔みたいに、大人しく俯いていればよかったのよ」
「本当よ。お姉様が今さら私より目立とうとするなんて、間違ってるわ」
「じゃあ、あとは任せるわ」
ベアトリスが部屋を出ていき、一人になったエリザは、裏通りの店で手に入れた手鏡を取り出した。
教えられた通り、裏側の蓋を開けてシエラの髪を収め、魔力を流し込む。
赤紫色の宝石が淡く光り、鏡面が黒い水のように揺らいだ。
やがてそこに、夜会場でテオドアの隣に立つシエラの姿が浮かび上がる。
エリザの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「これで――お姉様を、あるべき姿に戻してあげられる」
「少し話してくる」
「はい」
頷いたシエラに、テオドアはなぜかその場を離れようとせず、わずかに眉を寄せる。
「……ここにいてくれ」
「え?」
「すぐ戻る」
それだけ言い残して歩き出したものの、数歩進んだところで一度振り返る。
シエラは思わず小さく笑った。
(そんなに心配しなくても大丈夫なのに)
何だかくすぐったいけれど、嫌ではなかった。
一人になったシエラは、会場の端へ移動して小さく息をつく。
今夜は、本当にいろいろなことがあった。
大勢の前で顔を上げ、父にも自分の意思をはっきり伝えることができた。
(私も……ちゃんと変われているんだわ)
「シエラ」
不意に名前を呼ばれ、シエラの表情が強張る。
振り返ると、そこにはひときわ華美なドレスに身を包んだベアトリスが立っていた。
「……お義母様」
「久しぶりね」
以前のような露骨な侮蔑はなく、ベアトリスは不自然なほど穏やかな笑みを浮かべている。
けれど、近くにエリザの姿は見当たらなかった。
「今夜はすっかり注目の的ね」
「……ありがたいことです」
「そう」
ベアトリスはそう答えながら、シエラの姿を上から下まで眺めた。
その視線を受けただけで、身体が強張りそうになる。
「あら。髪が少し乱れているわ」
ベアトリスが手を伸ばした瞬間、シエラは反射的に身を竦めた。
「どうしたの? 直してあげるだけよ」
いつもならあり得ないほど優しげなその仕草が、かえって不気味だった。
(何が目的なの……?)
「もう結構です。自分で――」
身を引いた拍子に、ベアトリスの指輪へ髪が絡む。
ぷつ、と数本が抜けた。
「痛っ……」
「まあ、ごめんなさい。指輪に絡んでしまったみたい」
張り付けたような笑みを崩さないベアトリスに、シエラは言い知れない寒気を覚えた。
その時、会場の向こうからこちらへ戻ってくるテオドアの姿が見えた。
(……とにかく、離れよう)
「失礼します」
短く告げると、シエラはベアトリスに背を向け、テオドアのもとへ歩き出した。
だから気づかなかった。
ベアトリスが、指輪に絡みついた亜麻色の髪をそっと外し、そのまま掌へ包み込んだことに。
*
しばらくして、ベアトリスは人目を避けるように会場を抜け、王宮の控室へ入った。
中では、エリザが一人で待っていた。
「お母様」
「これでいいのね?」
ベアトリスが掌を開くと、そこには先ほど抜き取ったシエラの髪が数本載っていた。
それを見た途端、エリザの目が輝く。
「ええ。十分よ」
母の手から髪を受け取り、エリザは満足そうにそれを眺めた。
「これで、お姉様に思い出させてあげられるわ」
「何を?」
「自分が、どれだけ醜くて――価値のない人間なのか」
ベアトリスは満足そうに目を細める。
「昔みたいに、大人しく俯いていればよかったのよ」
「本当よ。お姉様が今さら私より目立とうとするなんて、間違ってるわ」
「じゃあ、あとは任せるわ」
ベアトリスが部屋を出ていき、一人になったエリザは、裏通りの店で手に入れた手鏡を取り出した。
教えられた通り、裏側の蓋を開けてシエラの髪を収め、魔力を流し込む。
赤紫色の宝石が淡く光り、鏡面が黒い水のように揺らいだ。
やがてそこに、夜会場でテオドアの隣に立つシエラの姿が浮かび上がる。
エリザの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「これで――お姉様を、あるべき姿に戻してあげられる」


