神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

「……お父様」
「いやはや、驚いたぞ」

 上機嫌に笑いながら、アルベルトはシエラを上から下まで眺める。

「まさかお前が、王族や宮廷魔術師にまで重宝される日が来るとはな」

 褒められているようには聞こえなかった。
 これまで価値がないと切り捨てていた娘が、思いがけず役に立つと知った――そんな響きが、その声音には滲んでいた。

「聞けば、お前に施術を頼みたがっている者も多いそうじゃないか。せっかくの力だ、カーティス家のためにも役立ててもらわんとな」
「……え?」
 
シエラはわずかに眉を寄せたが、アルベルトはそれにも気づかないまま得意げに続けた。

「そのあたりは私が取り仕切ってやる。まずはベルナール侯爵家あたりがいいだろう。あそこは王家との繋がりも深いし――」

 シエラは、迷うことなく口を開いた。
 
「お断りします」

 アルベルトが、ぴたりと動きを止めた。

「……何?」
「お父様に決めていただくつもりはありません」
「シエラ」

 低い声で名を呼ばれても、もう身体が竦むことはなかった。
 シエラは、まっすぐ父を見返す。

「父親に逆らうつもりか? お前はカーティス家の娘だろう」
「……今の私は、ミューゼル公爵夫人です。もう、お父様の言う通りにするつもりはありません」
 
 アルベルトの表情が固まる。
 こんな言葉を、父へ言える日が来るなんて思わなかった。
 それでも、自分の言葉に後悔はない。

「……何だと?」

 アルベルトの顔から、完全に笑みが消えた。

「少しばかり褒めそやされたくらいで、いい気になるなよ。公爵家に嫁いだからといって、私に逆らうことが許されると思っているのか」

 低く押し殺した声とともに、アルベルトが一歩距離を詰める。

「お前をここまで育ててやったのは、誰だと思っている」

 父から愛情を向けられた記憶など、ほとんどない。
 
(私のことを顧みたことなんて、一度もなかったくせに)

 シエラが唇を引き結んだ、その時だった。

「――何をしているんです」

 低い声が、二人の間へ割って入った。
 アルベルトが振り返る。

「旦那様……」

 貴族たちとの会話を切り上げたテオドアが、こちらへ歩いてくる。
 その表情はいつもと変わらず静かだったが、紫の瞳だけがひどく冷えていた。