神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 シエラは鏡の前で、そっと息を呑んだ。

 「今日の奥様、本当にお綺麗です」

 マリーが、心の底からの感嘆をもらすように、その姿をうっとりと見つめる。
 支度を終えたシエラは、マリーに見送られながら部屋を出た。
 階段を降りていくと、玄関ホールにはテオドアとアルバが待っている。

 シエラの姿に気づいた瞬間、テオドアの視線が止まった。
 紫の瞳が、眩しいものを見るようにわずかに細められる。

 今夜、王宮ではアーヴィンの公務復帰を祝う夜会が開かれる。
 長く公の場から遠ざかっていた第一王子の復帰とあって、王都中の有力貴族が招かれる大きな催しだった。
 
 シエラが身にまとっているのは、テオドアが王都でも名高いデザイナーに仕立てさせた特注のドレスだった。
 繊細な刺繍が施された上品な一着で、一目で最上級の品だと分かる。
 
 「……旦那様?」

 呼びかけると、テオドアはようやく我に返ったように瞬きをした。

 「よく……似合っている」

  思ってもみなかった言葉に、シエラは目を見開いた。

 「ありがとうございます」

 嬉しくなって、自然と笑みがこぼれる。
 すると、テオドアの視線がふとシエラの髪へ移った。

 「……それも、つけてきたのか」
 
 すぐに何のことか気づき、シエラは髪に添えられた淡い翡翠色のリボンへそっと触れた。

 「はい」

 夜会につけていくには、少し素朴な髪飾りかもしれない。
 けれど今夜は、どうしてもこれを身につけていたくて、支度の際にマリーへお願いしたのだ。

 「せっかく旦那様からいただいたものですから」
 「……そうか」

 短い返事だったけれど、テオドアの目元がほんの少しだけ和らいだ。
 
 ここ数日は、あの夜を意識して互いに視線を逸らしてばかりだった。
 けれど今は、ちゃんと目が合っている。
 
 (……もう、やめよう)
 
 今夜はミューゼル公爵夫人として、堂々と彼の隣に立とう。

 そう決めたところで、テオドアが静かに手を差し出した。
 シエラは少しだけ照れながら、その手へ自分の手を重ねる。

 「……ところで、旦那様」
 「何だ」
 「このドレスって……一体、おいくらくらいしたんでしょうか」

 テオドアが、ふいと目を逸らした。

 「……君が気にする必要はない」

 シエラがじっと見上げても、目が合うことはない。

 「ご安心ください、奥様」

 隣にいたアルバが、いつもの笑みを浮かべながら言う。
 
 「旦那様は、奥様のための特別予算をかなり潤沢に組んでいらっしゃいますから」
 「……え?」

 シエラが目を瞬く。
 
 「アルバ」

 テオドアの低い声が飛ぶが、アルバはどこ吹く風だ。

 「……旦那様」

 シエラはゆっくりとテオドアを覗き込んだ。

 「無駄遣いはいけませんよ?」
 「無駄ではない」

 間髪入れずに返ってきて、シエラが目を丸くする。
 テオドアはわずかに視線を逸らしたまま、低く続ける。

 「……俺がそうしたいからするんだ」

 その言葉に、自然と頬が熱くなる。

 「……旦那様って、意外とタラシですよね」
 「たらし?」

 その意味は、教えてあげなかった。