神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 その時、扉が控えめに叩かれた。
 
 「奥様、少しよろしいでしょうか」
 
 マリーの声だった。
 
 「先ほどの魔術師様のことで、確認したいことがありまして」
 「分かった。すぐ行くね」
 
 シエラは二人へ軽く頭を下げ、部屋を出た。
 扉が閉じた途端、ルシアンがにやりと笑う。
 
 「いやあ……あのテオドアがねえ」
 「何だ」
 「まさか、妻にぞっこんとは」
 
 テオドアがぎろりと睨む。
 
 「怖い怖い。王命で決まった結婚だって聞いてたから、もっと淡々としてるのかと思ってたけど」
 
 テオドアはしばらく何も言わなかった。
 少し前までなら、そんなことはないと否定していたかもしれない。
 けれど今はもう、自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった。
 
 「……俺が彼女を望むのは、身勝手だ」
 
 ルシアンの笑みが、すっと消える。
 
 「……清浄の天蓋のことか?」
 
 テオドアは答えない。
 けれど、その沈黙だけで十分だった。
 
 「まあ、俺があれだけ粘ってやっと口を割るような話だ。先のことまで慎重になるのも無理はない」
 
 ルシアンは椅子の背にもたれ、真剣な表情でテオドアを見つめた。
 
 「最初に彼女を遠ざけたのは俺だ」
 
 低く、テオドアが続ける。
 
 「夫婦らしい関係は求めないと、俺からそう言った。それなのに今さら、自分の都合で彼女を縛るのは違う」
 「……それ、お前一人で決めることか?」
 
 テオドアが眉を寄せる。
 
 「どういう意味だ」
 「そのまんまの意味だよ」
 
 ルシアンは小さく息を吐いた。
 
 「お前が何を怖がってるのかは、なんとなく察しがつく。でも、それを理由に奥方が何を望むかまで決めるのは違うだろ」
 「俺は――」
 「勝手に決めつけて、先回りして距離を置くなって言ってるんだ」
 
 テオドアは黙り込む。
 ルシアンはそんな友人をしばらく見つめたあと、呆れたように肩を竦めた。
 
 「ほんっと、昔から肝心なところで面倒くさいよな、お前」
 「……余計なお世話だ」
 「そうだな。でも友人のよしみとして言っとく」
 
 ルシアンはまっすぐにテオドアを見据えた。
 
 「奥方の気持ちまで、お前が代わりに決めるなよ。それで後から後悔しても、俺は知らないからな」
 
 テオドアは何も返さなかった。
 ただ、その言葉だけは振り払うことができずに、残り続けた。