神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 翌朝、シエラはどうにもテオドアの顔をまともに見ることができなかった。
 朝食の席でも、視線が合いそうになるたび、つい目を逸らしてしまう。

 昨夜のことを思い出すだけで、唇が触れそうになったあの距離までありありと蘇る。

 「……シエラ」
 「はい!」
 
 思わず声が裏返った。
 
 「な、なんでしょう?」
 「いや……」
 
 テオドアもまた、何かを言いたげにこちらを見ている。
 けれど結局、それ以上は続かなかった。
 シエラはほっとしたような、それでいて少し残念なような、なんとも言えない気持ちで俯く。
 
 昨夜のことを、自分から尋ねる勇気はなかった。
 もし「あれは間違いだった」と改めて告げられたらと思うと、胸が痛む。
 
 (……考えるの、やめよう)
 
 自分はテオドアを眠らせるためにここにいる。
 それで十分だったはずだ。
 そう言い聞かせるように、シエラは目の前の朝食へ視線を落とした。

 *
 
 その日の午後、シエラは一人の女性魔術師を玄関先まで見送っていた。
 
 「本当にありがとうございました。こんなに頭が軽いのは久しぶりです」
 「よかったです。また辛くなったら、いつでもいらしてくださいね」
 
 何度も礼を告げる女性魔術師を乗せた馬車が、門の向こうへ消えていく。
 グランツが紹介してくれたことをきっかけに、最近では魔力過多による頭痛や不眠に悩む魔術師たちが、少しずつシエラのもとを訪れるようになっていた。
 
 その姿を見送っていると、入れ替わるように一台の馬車が屋敷の前へ止まった。
 扉が開き、先に降りてきたのはテオドアだった。
 
 「お帰りなさい、旦那様」
 「ああ。ただいま」
 
 返ってきた声はいつも通りのはずなのに、どこかよそよそしく聞こえる。
 シエラもまた、昨夜のことを思い出してしまい、正面から目を合わせられなかった。

 その直後、テオドアの後ろから、ひょこりともう一人の人物が顔を覗かせた。
 
 「こんにちは、公爵夫人」
 「ルシアン様?」
 
 ルシアンは人懐っこい笑みを浮かべ、軽く手を上げた。
 
 「急にすみません。そろそろ麗しの公爵夫人が恋しくなりまして」
 ぴくり、とテオドアの眉が動く。
 次いで、無言のままルシアンへ冷たい視線が向けられた。
 
 「おー怖」
 
 ルシアンはわざとらしく肩を竦める。
 
 「というのは冗談で。そろそろ前回の施術の経過も見てもらおうと思って」
 「もちろんです。では、こちらへどうぞ」