神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 朝食を終えたあと、シエラとテオドアは揃って屋敷を出た。
 今日は、ヘッドスパをする際に使えそうなものを探すため、王都の店を見て回る予定だ。

 本来なら、マリーと二人で出かけるはずだった。
 けれど朝食の席でその話をしたところ、テオドアがふいに「俺も行く」と言い出したのだ。
 てっきり三人で出かけるものだと思っていたシエラだったが、出発の支度を終えて玄関へ向かっても、マリーの姿がない。

 「マリーは?」
 「私は屋敷に残ります」
 「えっ、一緒に行かないの?」

 尋ねると、マリーはなぜかにこやかな笑みを浮かべた。

 「せっかく旦那様がご一緒されるのですから、私は必要ございません」
 「……そうなの?」
 「はい。どうぞ、ごゆっくりなさってきてくださいませ」

 最後の言葉が妙に含みを持って聞こえたけれど、シエラにはその意味がよく分からなかった。
 そうして結局、王都へ向かう馬車に乗り込んだのは、シエラとテオドアの二人だけだった。

 向かい合わせで馬車に揺られながら、シエラはそっと窓の外へ視線を向ける。
 すると、不意にテオドアが口を開いた。
 
 「……なぜそんなに離れている」
 「え?」
 
 言われて、シエラは自分の位置を見下ろした。
 確かに、いつもより随分と窓際へ寄っている。
 もう少し詰めれば、壁と一体化できそうなくらいだ。
 
 「だって……」
 
 少し言いづらくて、シエラは視線を泳がせる。
 
 「朝、近づくなって言ったじゃないですか」
 
 テオドアの眉が僅かに動いた。
 
 「もう身だしなみは整えましたけど……やっぱり私みたいな形だけの妻に、べたべたされるのはお嫌いなのかなって」
 「違う」
 
 あまりにも間髪を入れず返され、シエラはぱちりと瞬きをした。
 
 「あれは、そういう意味じゃない」
 「じゃあ、どういう意味なんです?」
 「それは……」
 
 今度はテオドアが言葉に詰まる。
 けれど、しばらく待っても続きは出てこない。
 
 「……とにかく、君がそばにいることが嫌なわけじゃない」
 「よかった」
 
 シエラは素直にほっとして、笑みを浮かべた。
 その直後、テオドアの頬のあたりに小さなものがついているのが目に入る。
 
 「あっ」
 「?」
 
 シエラは身を乗り出した。
 それまで空いていた二人の距離が、一気に縮まる。
 そっと手を伸ばし、テオドアの頬のすぐそばへ指先を寄せた。
 
 「まつげ、ついてましたよ」
 
 取ったまつげを指先に乗せて見せる。
 けれど、テオドアはなぜか何も言わなかった。
 
 「旦那様?」
 「……君は」
 「はい?」
 「いや。何でもない」
 
 そう言って、ふいと顔を逸らされる。
 
 (今日の旦那様、ちょっと変かも)
 
 朝からどうにも様子がおかしい。
 けれど、嫌われているわけではないらしいと分かっただけでもよかった。
 
 シエラはそれ以上深く考えず、再び窓の外へ目を向けた。
 王都の中心へ近づくにつれ、通りは少しずつ賑やかになっていく。
 
 「あ、見てください旦那様!」
 
 窓の向こうに見えた景色に、シエラは思わず声を弾ませた。
 
 「花が咲いてます。綺麗ですね」
 
 道沿いには、淡い色の花がいくつも咲いていた。
 春の訪れを告げるような景色に、シエラは嬉しくなって目を細める。
 けれどテオドアが見ていたのは、窓の外ではなかった。

 「……そうだな」

 その視線が自分へ向けられていることに、シエラは気づかなかった。