神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 目を覚ますと、すぐ目の前に紫色の瞳があった。
 まだぼんやりとする頭で、シエラは何度か瞬きをする。

 「……」
 「……」

 近い。
 吐息が触れそうなほどの距離に、テオドアの顔がある。
 どうやら昨夜、ヘッドスパをしているうちに、自分まで眠ってしまったらしい。

(前にも、こんなことがあったっけ)

 初めて、テオドアを寝落ちさせた翌朝。
 あの時も、シエラはこうしてテオドアのベッドで目を覚ました。
 もっともあの時は、テオドアに転がり落とされて目覚めたものだけれど。

 シエラのことを疑っていたテオドア。
 何を企んでいるのかと警戒され、しばらく部屋から出ることさえ許してもらえなかった。
 
 (なんだか、ずいぶん昔のことみたい)

 シエラはふっと頬を緩めた。

 「おはようございます、旦那様」

 その途端、テオドアの身体がぎくりと強張った。

 「……旦那様?」

 返事がない。

 (どうしたのかしら?)
 
 シエラが様子を窺おうと身を起こした拍子に、寝ている間に少しずれていた寝間着の襟元が、さらに緩んだ。
 テオドアの視線が、一瞬そこへ落ちる。
 直後、彼は勢いよく顔を背けた。

 「……来るな」
 「え?」
 「それ以上、近づかないでくれ」

 思いもよらない言葉に、シエラは目を丸くする。

 「どうしてですか?」
 「……頼む」

 こちらを見ないまま、テオドアが低く言った。

 「そんな格好で、俺の前にいないでくれ」
 「……!」

 シエラはぴたりと動きを止めた。
 恐る恐る自分の姿を見下ろしてみる。

 長い髪は寝癖で乱れ、寝間着も少し着崩れていた。
 確かに、いつものきちんとした姿とは程遠い。

 (そ、そんなに酷いの……!?)

 寝起きなのだから多少は仕方がないと思っていたのに、「俺の前にいないでくれ」とまで言われるほど、見るに堪えない姿なのだろうか。
 そう考えた途端、胸がちくりと痛んだ。

 「……分かりました」

 シエラはしょんぼりと寝台を降りる。
 テオドアは相変わらず、頑なにこちらを見ようとしない。

 「では……着替えてきますね」
 「また朝食でお会いしましょう」
 「……ああ」

 返ってきたのは、どこか苦しげな声だけだった。
 何となく居たたまれなくなり、シエラは乱れた寝間着を押さえながら扉へ向かう。
 最後まで、テオドアが振り返ることはなかった。

 *

 扉の閉まる音が響く。
 一人になった寝室で、テオドアはしばらく身じろぎひとつしなかった。

 やがて深く息を吐き、片手で顔を覆う。
 昨夜までは、こんなことにはならなかった。
 どれほど無防備に近づかれても、困惑することはあっても、ここまで心を乱されることなどなかったはずだ。

 けれど今は、違う。
 眠たげに自分を見つめた緑の瞳も、無防備に緩んだ寝間着の襟元も、何の警戒もなく向けられた笑顔も。
 どれもが鮮明に脳裏へ焼きつき、なかなか消えてくれない。

 テオドアはもう一度、深く息を吐いた。
 それでも、耳に残る熱だけはどうにも誤魔化せなかった。