神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 テオドアの瞼がゆっくりと持ち上がった。

 「……君には、分かってしまうのか」
 「やっぱり、そうなんですか?」

 テオドアはすぐには答えなかった。

 その沈黙に、シエラの中でひとつの言葉が浮かぶ。
 『清浄の天蓋のこと。今度ちゃんと聞かせろよ』
 
 「……さっき、ルシアン様が言ってたことと関係ありますか?」

 その問いに、テオドアの視線が止まる。

 「……清浄の天蓋を知っているか」
 「もちろんです。今も、この国を守っている結界ですよね」
 「ああ」

 短く答えたあと、テオドアは天井へ視線を向けた。

 「今、それを維持しているのは――俺一人だ」
 「……え?」
 
 シエラの手が止まる。

 「でも、清浄の天蓋って……王国全体を覆ってるんですよね?」
 「そうだ」
 
 それを、たった一人で。
 
 「じゃあ、今も旦那様の魔力が、そこへ流れ続けてるんですか?」
 「そういうことだ」

 だから今夜は、いつも以上にはっきり感じたのだ。
 呪詛師との戦いで大量の魔力を使ったうえに、清浄の天蓋へも絶えず魔力を奪われ続けている。

 「そんな……」

 思わず漏れた声に、テオドアは目を伏せた。

 「清浄の天蓋は、初代ミューゼル公爵が築いた結界だ。それ以来、代々の当主が一人で維持してきた」

 シエラは息を呑む。

 「そんなことを続けて……身体は大丈夫なんですか?」

 テオドアはすぐには答えなかった。

 「……どうだろうな」
 「え……?」
 「ミューゼル家歴代当主の多くは身体を壊し、若くして死んだ。精神を病んだ者もいる」

 テオドアの声が低くなる。

 「父も、その一人だった」
 「かつての俺と同じように、長い間まともに眠れなかった。眠れぬ夜と絶え間ない不調に、何年も身体を削られ続けた」
 「そして最後には――精神を病んで、自ら命を絶った」

 シエラはもう、指先を動かすことができなかった。

 「……じゃあ」

 喉がひどく乾いている。

 「旦那様も、このままだと……?」

 最後まで言い切れなかった。
 けれどテオドアには、何を尋ねているのか分かったのだろう。

 「可能性はある」

 あまりにも静かな返事だった。
 まるで、いつか訪れるかもしれない自分の死を、ずっと前から受け入れているような。

 「そんな……何か、方法はないんですか?」
 「探してはいる」
 「何か、見つかっているんですか?」
 「まだだ」

 テオドアは、まるで自分のことではないかのように淡々と続ける。

 「俺が保つ間に、別の方法を見つければいい。それまで国を守れれば、それで十分だ」

 「……十分?」
 
 聞き返す声は、震えていた。
 
 「旦那様は、自分がどうなってもいいって言ってるんですか?」
 「そういうわけじゃない」
 「じゃあ、どうしてそんな言い方をするんですか」

 テオドアは答えなかった。
 その沈黙が、何よりも苦しかった。