神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 夜も更け、屋敷の中はすっかり静まり返っていた。
 それでもシエラは部屋へ戻らず、玄関ホールの長椅子でテオドアの帰りを待ち続けていた。
 何度扉の向こうへ目を向けても、帰ってくる気配はない。

 『絶対に、無事に帰ってきてくださいね』
 『約束する』

 朝のやり取りを思い出した、その時だった。
 屋敷の外から、馬車の車輪が止まる音が聞こえた。

 「……!」

 シエラは弾かれたように立ち上がる。
 ほどなくして玄関扉が開き、冷たい夜気とともにテオドアが姿を現した。

 「旦那様!」

 その姿を見た瞬間、シエラは駆け出していた。
 黒い外套は土埃に汚れ、顔からは血の気が失われている。
 大きな傷こそ見当たらないものの、足取りは重く、隣にいるルシアンに肩を貸されていた。

 「こんな……」

 シエラは思わず、汚れのついた頬へ手を伸ばした。
 けれどテオドアは、自分の状態より先にシエラを見下ろす。

 「……寝ていなかったのか」
 「寝られるはずないですよ!」

 思わず声が強くなる。

 「旦那様が危険な呪詛師のところへ行っているのに、のんびり眠れるわけないじゃないですか」

 テオドアの眉がわずかに寄った。

 「一体、いつから待っていたんだ」

 そう言って、頬に触れていたシエラの手首を取る。
 そのまま手の甲へ指先を滑らせたテオドアが、僅かに表情を曇らせた。

 「……冷え切ってる」
 「私のことはいいんです。それより、朝、約束したじゃないですか」

 シエラはすぐに手を引こうとした。

 「絶対に無事に帰ってきてくださいって」
 「約束通り帰ってきただろう」
 「これのどこが無事なんですか!」

 反射的に言い返したものの、その声は途中から僅かに震えた。
 こうして目の前にいる。ちゃんと、帰ってきてくれた。
 そう思った途端、膨らんでいた不安が一気に押し寄せ、目の奥が熱くなる。

 シエラは誤魔化すように唇をきゅっと結んだ。
 それから、土埃のついたテオドアの顔をもう一度見上げる。

 「……おかえりなさい」

 テオドアは、すぐには答えなかった。
 シエラを見つめるその顔に、ほんの一瞬だけ、言葉にできない何かが滲む。
 それはすぐに消えたけれど、返ってきた声はどこか柔らかかった。

 「……ただいま」
 
 その声を聞いて、シエラはようやく小さく息を吐いた。