神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 「それを捨てろ!」

 だが、男は聞かなかった。

 「俺が苦しんだ分だけ――お前たちも苦しめばいい」

 男は魔石を、自らの胸――心臓の上へ強く押しつけた。

 「ぐっ……あ、あああああっ!」

 黒い魔石が肉へ沈む。
 まるで身体に喰われていくように、その形が少しずつ消えていった。
 男は胸を掻きむしるように押さえ、苦しげな咆哮を上げる。

 魔石が完全に胸の奥へ沈み込むと、そこから黒い筋が浮かび上がった。
 それは脈動するように首筋へ、さらに頬の下まで這い上がっていく。

 それでも——荒い息を繰り返しながら顔を上げた男は、恍惚とした笑みを浮かべていた。

 「……これで、終わりだ」

 直後、男の胸元から黒い光が脈打つように広がった。
 地面が震え、森の空気が一変する。
 遠くから、地鳴りにも似た音が響き始めた。

 ルシアンが息を呑む。

 「……今の、何だ?」

 次の瞬間、森の奥からどす黒い瘴気が一斉に押し寄せてきた。

 「魔物……?」

 もう一人の魔術師が声を上げる。

 「いや」

 グランツが険しい顔で周囲を見回した。

 「この術は、魔物そのものを生み出しているわけじゃない。瘴気と、周辺にいる魔物を一ヶ所へ引き寄せているんだ」

 その言葉を裏づけるように、遠くから獣じみた咆哮が幾重にも重なって響く。
 空の向こうで、何かが軋むような低い音がした。

 「……っ」

 テオドアの身体がわずかに揺れる。

 「テオドア?」

 グランツがすぐさま振り返る。
 テオドアは胸元を押さえ、浅く息を吐いた。

 「清浄の天蓋に……一気に負荷がかかっています」

 苦痛に顔を歪めるテオドアを見て、男が満足げに口角を上げた。

 「そうだ。天蓋がある限り、本物の魔物どもは王国へ入れない」
 「だが――その天蓋を支えているのは、お前一人だろう?」

 テオドアの顔色が、目に見えて悪くなった。
 押し寄せる瘴気を浄化し、結界の外へ集まる魔物を阻むため、《清浄の天蓋》が普段とは比べものにならないほどの魔力を要求している。
 それでも処理しきれなかった瘴気が内側へ滲み込み地面を這うように集まっていく。
 やがてそれは、獣にも人にも似た歪な影へと姿を変え、一斉に襲い掛かってきた。