神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 男の笑みが、ひどく歪む。

 「代々、あの天蓋に魔力を食われ続ける家系だ。先代がどうなったのかも、俺は知っている」

 テオドアが、不快を隠さず眉を寄せた。

 「……黙れ」

 男は意に介さず、なおも続けた。

 「眠れない。頭は割れそうに痛む。どれだけ休んでも身体は重い。薬を飲んでも、治療を受けても、その場しのぎにしかならない」

 テオドアは何も言わなかった。
 男の言葉は、嫌というほど身に覚えのあるものばかりだった。

 「それでも周りは言う。“それほどの魔力を持っているなんて羨ましい”とな」

 男から、笑みは消えていた。
 
 「分かるだろう? この苦しみから逃れられるのなら、何だってする。そう思ったことが、お前にも一度くらいはあるはずだ」

 テオドアはしばらく男を見据えたあと、静かに口を開いた。

 「……そんなもの、数えるまでもない」

 その返答に、男の目が僅かに見開かれる。
 ただ果てしなく続く、終わりの見えない夜。
 このまま目を閉じて、二度と目覚めなければいいと思った日を——いつしか数えることも忘れてしまった。
 
 「なら――」
 「だが」

 男の言葉を、テオドアが遮った。

 「それと、他人を犠牲にすることは別だ。アーヴィン殿下へ押しつけていい理由にはならない」
 「綺麗事を……!」

 男の周囲で、黒い魔力が激しく揺らめいた。

 「お前だって同じだ! 今はたまたま動けているかもしれないが、あの天蓋に魔力を奪われ続ければ……いずれ先代と同じになる!」
 「そうかもしれないな」

 荒ぶる男に反して、テオドアの声音は静かだった。

 「だが、それが俺に定められた運命なら——それごと背負う。それだけだ」
 「哀れな、国の生贄が……っ」

 大きく舌打ちをして、男が両手を振り上げた。
 地面から無数の黒い杭が飛び出す。

 「テオドア!」

 ルシアンの声が響く。
 だが、テオドアは動かなかった。

 片手を前へ突き出す。
 次の瞬間、透明な防壁が眼前いっぱいに広がった。
 黒い杭が次々と激突し、甲高い音を響かせる。
 それでも防壁はびくともしない。

 「……何度やっても同じだ」

 テオドアが一歩、前へ出る。

 「お前の攻撃は、俺には届かない」
 
 男の顔が引きつった。
 荒い呼吸を繰り返しながら、何度か魔術を放とうとする。
 だが、手の中に集まった黒い魔力は不安定に明滅し、すぐに霧散した。

 先ほどから大規模な術を立て続けに使っている。
 どうやら、男の魔力も底をつきかけているらしい。

 「……くそっ」
 「もう終わりだ」

 グランツが静かに告げた。

 「大人しく投降しろ」

 男は答えなかった。
 俯いたまま肩を震わせ――やがて、低く笑い始める。

 「終わり……?」

 テオドアが眉を寄せた。
 男がゆっくりと顔を上げる。

 「終わりなのは、お前たちの方だ」

 その手には、いつの間にか黒い魔石が握られていた。
 グランツの表情が変わる。