神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 男の頬が引きつった。
 次の瞬間、彼は身を翻した。

 「逃がすな!」

 崩れた壁に開いた穴から、男が外へ飛び出していく。
 テオドアたちもすぐさま後を追った。

 男は木々の間を縫うように走る。
 だが、先頭を走るテオドアとの距離は少しずつ縮まっていった。

 「止まれ!」

 背後からグランツの声が響く。

 同時に男の足元へ魔法陣が走った。
 光の帯が地面から伸び、その片足へ絡みつく。

 「くっ……!」

 男の身体が大きく傾いた。
 すぐさま術を振りほどいたものの、その一瞬でテオドアが追いつく。

 男は振り向きざまに片手を突き出した。
 黒い魔力が鋭い刃となって、至近距離からテオドアへ放たれる。

 テオドアが片手を上げると、透明な防壁がその一撃を弾いた。
 男の目が見開かれる。

 「……やはり、その防壁」

 荒い息を整える間もなく、男はテオドアを睨みつけた。

 「お前、ミューゼル家の魔術師だな」
 「だったらどうした」
 「道理で」

 腑に落ちたように、男が歪んだ笑みを浮かべる。

 テオドアの紫の瞳が冷たく細められた。
 だが男は、そこでふと首を傾げる。

 「……いや」

 何かを探るように、テオドアをじっと見据えた。

 「妙だな。聞いていたより、随分と魔力が安定している」

 テオドアの表情が僅かに変わる。
 その時、グランツがすぐ後ろまで迫った。さらにその後方には、ルシアンともう一人の宮廷魔術師の姿もある。

 男はさらに続けた。

 「《清浄の天蓋》をたった一人で支えている人間が――どうして、そんな顔をして立っていられる?」

 一瞬、空気が止まった。
 
 テオドアの目が鋭くなる。
 グランツも、はっきりと表情を変えた。
 遅れて駆けつけたルシアンが、背後で息を呑む。

 「……清浄の天蓋を、テオドアが一人で……?」

 呆然と落とされたその呟きに、返答する余裕はなかった。

 「……どこで、それを知った」

 テオドアの声が低くなる。
 男は答えない。

 「答えろ」

 男の口元が吊り上がった。
 次の瞬間、黒い魔力がテオドアめがけて放たれる。

 テオドアは片手を振るった。
 透明な壁が現れ、黒い奔流を正面から受け止める。

 「質問に答える気はないらしいな」

 グランツが男を睨みつける。
 その声には、普段の穏やかさなど欠片も残っていなかった。

 「お前は有望な魔術師だったはずだ。将来を期待され、いくらでも道を選べた。それがなぜ――呪詛師なんぞに堕ちた」

 男の表情が歪んだ。

 「堕ちた?」

 その声音に、初めて明確な怒りが混じる。

 「俺がどんな思いでここまで来たかも知らずに、随分と簡単に言ってくれる」

 男の視線が、再びテオドアへ向いた。

 「だが、お前なら分かるはずだ。——呪われたミューゼルの末裔よ」