神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 中は薄暗く、長い間まともに手入れされていないらしい。床には埃が積もり、壁際には用途の分からない瓶や魔術具が雑然と並べられている。
 その一方で、床や壁に刻まれた術式だけは比較的新しく、黒ずんだ魔石がいくつも埋め込まれていた。
 その奥に、一人の男が立っていた。

 年齢は四十前後だろうか。
 長く伸びた髪はところどころ白く、頬は痩せこけている。けれど、その目だけは異様なほどぎらついていた。
 その顔を見た瞬間、グランツの足が止まった。

 「……お前は」

 男がゆっくりと笑う。
 
 「久しぶりだな、魔術師長殿」

 テオドアも、その顔には見覚えがあった。
 十年ほど前まで将来を嘱望されていた魔術師。しかし忽然と姿を消したのち、禁術に関わる事件への関与が判明した男だ。
 かつてとはまるで風貌が変わっていたが、その面影までは消えていない。

 「まさか、お前だったとはな」

 グランツの声が低くなる。

 「アーヴィン殿下に転嫁を仕掛けたのは、お前か」

 男は答えなかった。
 代わりに、口元の笑みを深める。

 「わざわざここまで来るとは思わなかったよ」

 その言葉に、テオドアの目が鋭くなる。

 「――だが、好都合だ」

 直後、床が黒く光った。

 「伏せろ!」

 グランツの声とほぼ同時に、床や壁に刻まれていた術式が一斉に起動する。
 壁が軋み、足元が激しく揺れた。
 四方八方から黒い魔力が噴き上がり、逃げ場を塞ぐように三人へ襲いかかる。

 「――防げ」

 テオドアが片手を掲げる。
 その瞬間、三人を包み込むように透明な防壁が展開した。

 直後、黒い魔力が防壁へ一斉に激突する。
 轟音が響き、床が割れ、壁の一部が吹き飛んだ。
 天井から大量の石片が降り注ぐが、そのすべてが透明な壁へ触れる寸前で弾き返されていく。
 やがて黒い光が収まり、土埃がゆっくりと晴れていく。

 崩れた床と壁。散乱する瓦礫。
 その中心で――防壁の内側にいる三人だけが、傷ひとつ負っていなかった。

 「……な」

 男の顔から笑みが消えた。
 テオドアは掲げていた手を静かに下ろす。

 「この程度で、俺たちをまとめて殺せると思ったか」