神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

ミューゼル公爵邸の玄関前には、朝早くから王宮より遣わされた馬車が停まっていた。
 
 グランツを中心に、複数の宮廷魔術師たちが転嫁の痕跡を追った結果、ようやく術者の居場所が絞り込まれた。
 そして今日、テオドアもその確保に同行することになっていた。
 黒い外套を身に纏い、出発の支度を終えたテオドアを前にして、シエラはどうしても落ち着かなかった。

「呪詛師って……危険な存在なんですよね?」
「ああ。だからこそ、これ以上被害が出る前に対処しなければならない」

 分かってはいる。
 それでも、胸の奥がざわつくのを止められなかった。
 呪詛師を捕らえに行くのだ。危険がないはずもない。

「旦那様の身に何かあったらと思うと……」

 そこまで口にして、シエラは言葉を止めた。
 テオドアが、少しだけ目を細める。

「君がそう言うなら、無理はしない」
「……私、そんなこと言いましたっけ?」
「そう顔に書いてある」
「そ、そうですか……?」

 思わず頬へ触れると、テオドアの口元がわずかに緩んだ。

「言っただろう。最近は、君のおかげで随分と持ち直している。眠れるようになって、食事もとれているし、魔力も前よりずっと扱いやすい」
「それなら、いいんですけど……」

 そう答えながらも、シエラは目の前のテオドアを見つめた。
 夜会で見せた防壁も、アーヴィンを守った時の力も、“初級魔術しか使えない落ちこぼれ公爵”という評判とは到底結びつかない。
 さらに、以前触れた時に感じた、身体の奥から何かが抜け続けているような感覚。
 
(あれも……魔力だったのだとしたら)
 
 テオドアが本当に力の弱い魔術師だとは、どうしても思えなかった。
 
「シエラ?」
「あ……いえ」

 今はまだ、ただの想像にすぎない。
 それでも、ひとつだけはっきりしていることがあった。

「絶対に、無事に帰ってきてくださいね」

 テオドアは一瞬だけ目を見開いた。
 けれどすぐに、その紫の瞳がやわらかく細められる。

「ああ」

 朝の光の中で、彼はひどく穏やかに――そして、息を呑むほど美しく微笑んだ。

「約束する」

 その言葉を残し、テオドアは王宮から遣わされた馬車へ乗り込んだ。

 扉が閉じ、やがて車輪がゆっくりと動き始める。
 遠ざかっていく馬車を見送りながら、シエラは胸元でそっと手を握った。

(ちゃんと、帰ってきてくださいね)

 最後に見せてくれたあの穏やかな微笑みを思い出しながら、もう一度、心の中で願った。