神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 アーヴィンが目を覚ましたのは、それから数時間後のことだった。

 ゆっくりと瞼を開けば、見慣れた天井が視界に入る。
 倒れる直前の記憶を辿ろうとして、アーヴィンは眉を寄せた。

 執務室で、ミューゼル公爵たちを追い返そうとしていた。
 それから急激に具合が悪くなり――そこから先の記憶が途切れている。

 身体を起こそうとして、ふと動きを止めた。

 「……?」

 いつもと違う。
 まだ倦怠感は残っているものの、目覚めた瞬間から身体を鉛のように押さえつけていた重さが、今は随分と薄れていた。

 「……頭が、静かだ」

 ぽつりと零れた声に、自分でも戸惑う。

 いつからだっただろう。
 何かを考えようとするだけで頭の奥を締めつけられ、些細な物音や言葉にまで苛立つようになったのは。
 長い間曇り続けていた思考が、久しぶりにはっきりと動いている。

 「お目覚めになりましたか」

 声に振り向くと、少し離れた場所にグランツがいた。

 「……俺は、倒れたのか」
 「ええ。執務室で。その後、ミューゼル公爵夫人が処置をしてくださいました」

 その名前を聞いた瞬間、アーヴィンの表情が止まる。
 自分がシエラへ向けた言葉が、嫌でも蘇った。

 「……俺が、あれだけ追い返そうとしたのにか?」
 「ええ」

 グランツは淡々と答える。

 「そのおかげで、これほど状態が落ち着いているのでしょう」

 返す言葉が見つからなかった。
 ここ数年、自分がどれほど多くの者へ苛立ちをぶつけてきたのか。
 すべてを体調のせいにするつもりはない。それでも、まともに物事を考えることさえ難しい状態だったのだと、今になって思い知らされる。

 「それと、殿下。原因についても、ひとつ分かったことがあります」

 アーヴィンが顔を上げる。

 「殿下のお身体には、転嫁と見られる呪詛が仕掛けられていました」
 「……転嫁?」

 アーヴィンの目が鋭くなる。
 王太子である以上、転嫁という名が、何を意味するのかは知っていた。

 「誰かが……俺に負荷を押しつけていたというのか」
 「可能性は高いかと。しかも、かなり長い期間にわたって」

 アーヴィンの顔から、僅かに血の気が引く。

 何年もの間、どれだけ治療を受けても改善しなかった不調。
 自分自身まで変えてしまったあの苦痛が、もし誰かの手で意図的に与えられていたのだとしたら――。

 「……誰が」
 「それを、これから突き止めます」

 グランツの声が低くなる。

 「術者は、自分へ辿り着かれないよう痕跡まで巧妙に隠していたようです。ですが――夫人が呪詛の絡まりをほどいたことで、その隠蔽まで一部崩れた」

 そう言って、グランツはアーヴィンの身体へ手をかざした。

 淡い光が指先に集まり、やがて細い糸のように宙へ伸びていく。
 初めは頼りなく揺れていたそれが、やがてひとつの方向へぴたりと定まった。

 グランツの目つきが変わる。

 「……繋がった」

 アーヴィンも、その先を見つめた。

 「追えるのか」
 「ええ」

 グランツの口元から、いつもの穏やかさが消える。

 「我が国の王太子に手を出した代償は――きっちり支払ってもらいましょう」