神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 やがて、寝台に横たわるアーヴィンの呼吸が、少しずつ変わり始める。
 浅く苦しげだった息が次第に深くなり、強く寄っていた眉間の皺も、いつの間にか薄れていた。

 「……表情が……」

 医師の小さな呟きに、グランツも黙ってアーヴィンの顔を見つめる。
 シエラは手を止めず、さらに首筋へ指を滑らせた。
 身体の奥にはまだ頑固な滞りが残っているものの、最初に触れた時とは明らかに違っていた。

 (もう少し……)

 何年もかけて積み重なったものなら、一度ですべてを取り除こうとする方が無理なのだ。
 そう自分に言い聞かせながら、シエラはひとつずつ、確実に滞りを緩めていった。

 どれほど時間が経ったのだろう。
 ふと気づけば、アーヴィンの全身から力が抜けていた。
 先ほどまで苦しげだった表情は消え、寝台の上では規則正しい呼吸が静かに繰り返されている。
 シエラがそっと手を止めると、医師もすぐにアーヴィンの様子を確かめた。

 「……眠っておられます」

 その声には、隠しきれない驚きが滲んでいた。

 「これほど穏やかに眠られるのは……いつ以来でしょう」

 その言葉を聞いた瞬間、シエラは大きく息を吐いた。

 「……よかったぁ……」

 安堵した途端、それまで張りつめていた力が一気に抜けた。
 へなへなと、その場に座り込む。

 「あれ……?」

 少し休めばすぐ立てると思ったのに、膝にうまく力が入らない。

 「シエラ」

 すぐそばにいたテオドアが身を屈める。

 「だ、大丈夫です。ちょっと力が抜けただけで――」

 そう言って立ち上がろうとしたものの、身体は思うようについてこない。
 自分で思っていた以上に、消耗していたらしい。

 次の瞬間、ふわりと身体が浮いた。

 「きゃっ……旦那様!?」

 テオドアが、シエラをそのまま抱き上げていた。

 「歩けないんだろう」
 「その、少し休めば大丈夫です!」
 「こちらの方が手っ取り早い」
 「でも、旦那様だってお疲れでは? ほら、あんなに私を守ってくださって……!」
 「問題ない」
 
 抱き上げられているせいで、いつもよりずっと近い距離にテオドアの顔がある。
 シエラを見つめたまま、テオドアがくっと片方の口角を持ち上げた。

 「誰かが、毎晩寝落としにくるものでな。生憎これくらいじゃ何ともないらしい」
 「……っそ、それはよかったですけど……」

 しかも、ここにはグランツも医師もいる。
 今さらそのことを意識した途端、急に恥ずかしさが込み上げてきて、シエラは逃げるようにテオドアの胸元へ顔を寄せた。
 そんな二人のすぐそばでは、アーヴィンが変わらず穏やかな寝息を立てていた。