執務室を出たあとも、アーヴィンの顔が頭から離れなかった。
「……旦那様」
「どうした」
隣を歩くテオドアを見上げる。
「旦那様と殿下って、以前からお知り合いだったんですか?」
ずっと、先ほどの二人のやり取りが気になっていた。
「ああ。昔は、今より話す機会が多かった」
「昔は……?」
テオドアは少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「少なくとも、ああいう人ではなかった」
「……そうだったんですね」
「厳しいところはあったが、理不尽に人を怒鳴りつけるような人ではなかった。それに――」
テオドアが一度、視線を伏せる。
「俺のことも、ずっと気にかけてくれていた」
シエラは目を瞬いた。
先ほどの刺々しいアーヴィンからは、すぐには想像できない。
「じゃあ、本当に……何かが変わってしまったんですね」
「かもしれない」
そう答えたテオドアの表情も、どこか険しい。
シエラはもう一度、閉ざされた執務室の方を振り返った。
(あの人も、本当はずっと苦しんでいるのかもしれない)
できるなら、少しだけでも楽にしてあげたかった。
けれど本人が望まない以上、無理に触れることはできない。
そう自分に言い聞かせ、再び歩き出そうとした――その時だった。
背後で、何かが激しく倒れる音がした。
「……っ!」
続いて、先ほど出てきたばかりの執務室の方から、慌ただしい足音と声が響く。
「第一王子殿下!」
「誰か、医師を!」
シエラとテオドアが同時に振り返る。
扉が勢いよく開き、侍従が血相を変えて飛び出してきた。
「アーヴィン殿下が……! 殿下が倒れられました!」
その言葉を聞いた瞬間、シエラたちは来た道を引き返した。
執務室へ戻ると、アーヴィンは机の脇に倒れ込んでいた。
顔色はひどく青ざめ、呼びかけにも反応を示さない。
「殿下!」
グランツが真っ先に駆け寄り、その身体を抱き起こす。
ほどなくして医師と治癒魔術師も駆けつけ、アーヴィンは執務室に隣接した休憩室の寝台へと運ばれた。
医師が脈を確かめ、続いて治癒魔術師が慎重に魔術を施していく。
けれど、アーヴィンの苦しげな表情はほとんど変わらなかった。
「……殿下のご容体は?」
堪えきれず尋ねたシエラに、医師は難しい顔をしたまま首を振る。
「今すぐ命に関わる状態ではないと思われます。ただ、やはりはっきりとした原因が分かりません」
その言葉に、グランツの眉間へ深い皺が刻まれた。
「まさかここまで……意識を失うほど酷い状態になるとは」
寝台に横たわるアーヴィンは、目を閉じたまま浅い呼吸を繰り返している。
その額にはうっすらと汗が滲み、伏せられた瞼の下にも苦痛の色が残っていた。
医師にも原因は分からず、魔力調律でも改善しないどころか、症状は悪化し続けているという。
このまま何もせず見ているだけなんて、できない。
「……少し、触れてみてもいいですか?」


