アルセリア王国第一王子、アーヴィン・アルセリアは、“暴君”と呼ばれていた。
もっとも、昔からそうだったわけではない。
かつてのアーヴィンは聡明で責任感が強く、幼い頃から王太子としての役目を誰より真面目に果たしてきた。
政務にも熱心で、身分の低い者の意見にも耳を傾ける。
そのうえ、魔力量も王族の中では群を抜いており、専門の訓練を積めば宮廷魔術師としても通用すると言われるほどだった。
弟のセドリックが兄ほど魔力に恵まれていないこともあり、アーヴィンこそ次代の王にふさわしいと、誰もが期待していた――はずだった。
「こんな案を通せると思っているのか!」
王宮の会議室に、鋭い声が響いた。
アーヴィンが机へ書類を叩きつけると、居並ぶ官僚たちが一斉に肩を強張らせる。
「も、申し訳ございません、殿下。しかしこちらは、先月殿下ご自身が――」
「口答えするな!」
声を荒らげた途端、視界がぐらりと揺れた。
「……っ」
アーヴィンは咄嗟に机へ手をつく。
まただ。
ここ最近、こうして突然眩暈に襲われることが増えている。
身体は鉛でも詰め込まれたように重く、食欲もほとんどない。少し集中しただけで息が上がり、時には指先まで震えた。
医師にも診せた。治癒魔術も、魔力調律も受けた。
けれど、どれも決定的な改善には繋がらない。
そのせいで、アーヴィンは常に不安定だった。
些細なことで苛立ち、激昂し、臣下に辛く当たる。
まるで数年前とは人が変わってしまったようだ、と。
かつて寄せられていた信頼は、少しずつ失われていった。
「兄上」
静かな声に、アーヴィンが顔を上げる。
少し離れた席には、弟のセドリックが座っていた。
陽の光を溶かしたような金髪に、澄んだ緑の瞳。整った顔立ちは華やかで、まるで絵本に出てくる王子そのものだった。
ここ数年、アーヴィンが十分にこなせなくなった公務を補うように、セドリックは多くの政務を引き受けている。
魔力量こそ兄には遠く及ばないものの、物腰は穏やかで、判断も的確。誰に対しても柔らかく接するその姿勢は、重臣たちからの評価も高かった。
最近では、王宮のあちこちで囁かれている。
――このままなら、第二王子殿下が跡を継がれた方がよいのではないか。
――セドリック殿下なら、国も安泰だろう。
耳に入るたび、アーヴィンの胸の奥には黒い焦りが積もっていった。
「今日はもう、お休みになった方が」
「必要ない」
「ですが――」
「……たかが第二王子のお前が、俺に口出しするな!」
何人かの重臣が、不快そうに眉をひそめる。
向けられた視線から逃れるように、アーヴィンは再び書類へ手を伸ばした。
けれど、その指先はわずかに震えている。
セドリックは何も言わず、ただ兄を見つめていた。
もっとも、昔からそうだったわけではない。
かつてのアーヴィンは聡明で責任感が強く、幼い頃から王太子としての役目を誰より真面目に果たしてきた。
政務にも熱心で、身分の低い者の意見にも耳を傾ける。
そのうえ、魔力量も王族の中では群を抜いており、専門の訓練を積めば宮廷魔術師としても通用すると言われるほどだった。
弟のセドリックが兄ほど魔力に恵まれていないこともあり、アーヴィンこそ次代の王にふさわしいと、誰もが期待していた――はずだった。
「こんな案を通せると思っているのか!」
王宮の会議室に、鋭い声が響いた。
アーヴィンが机へ書類を叩きつけると、居並ぶ官僚たちが一斉に肩を強張らせる。
「も、申し訳ございません、殿下。しかしこちらは、先月殿下ご自身が――」
「口答えするな!」
声を荒らげた途端、視界がぐらりと揺れた。
「……っ」
アーヴィンは咄嗟に机へ手をつく。
まただ。
ここ最近、こうして突然眩暈に襲われることが増えている。
身体は鉛でも詰め込まれたように重く、食欲もほとんどない。少し集中しただけで息が上がり、時には指先まで震えた。
医師にも診せた。治癒魔術も、魔力調律も受けた。
けれど、どれも決定的な改善には繋がらない。
そのせいで、アーヴィンは常に不安定だった。
些細なことで苛立ち、激昂し、臣下に辛く当たる。
まるで数年前とは人が変わってしまったようだ、と。
かつて寄せられていた信頼は、少しずつ失われていった。
「兄上」
静かな声に、アーヴィンが顔を上げる。
少し離れた席には、弟のセドリックが座っていた。
陽の光を溶かしたような金髪に、澄んだ緑の瞳。整った顔立ちは華やかで、まるで絵本に出てくる王子そのものだった。
ここ数年、アーヴィンが十分にこなせなくなった公務を補うように、セドリックは多くの政務を引き受けている。
魔力量こそ兄には遠く及ばないものの、物腰は穏やかで、判断も的確。誰に対しても柔らかく接するその姿勢は、重臣たちからの評価も高かった。
最近では、王宮のあちこちで囁かれている。
――このままなら、第二王子殿下が跡を継がれた方がよいのではないか。
――セドリック殿下なら、国も安泰だろう。
耳に入るたび、アーヴィンの胸の奥には黒い焦りが積もっていった。
「今日はもう、お休みになった方が」
「必要ない」
「ですが――」
「……たかが第二王子のお前が、俺に口出しするな!」
何人かの重臣が、不快そうに眉をひそめる。
向けられた視線から逃れるように、アーヴィンは再び書類へ手を伸ばした。
けれど、その指先はわずかに震えている。
セドリックは何も言わず、ただ兄を見つめていた。


