その後、一行は応接室を出て、シエラの施術室へと場所を移した。
そこは、グランツから今後ほかの魔術師たちも紹介したいと言われたあと、テオドアがすぐに用意してくれた部屋だった。
背もたれを深く倒せる椅子に、タオルやオイル、小物を収める棚まで揃っている。
『でも、まだ本当にお客様が来るかも分からないのに……』
戸惑うシエラへ、テオドアは当然のように言った。
『君が必要になるかもしれないものを、惜しむ必要がどこにある?』
それ以来、テオドア自身も何度かこの部屋で施術を受けている。
だからこそ今回も、テオドアがいつもと同じように身体を預けられる場所で受けてもらいたかった。
普段との違いも、その方が分かりやすい。
エリザの魔力調律が本当にテオドアに合うのなら、きちんと確かめたい。
そう思って、シエラ自身がこの部屋を案内したのだ。
けれど、エリザが当たり前のように部屋へ足を踏み入れるのを見た途端、胸の奥がわずかにざわついた。
「……いいのか」
隣から低い声が落ちる。
一見冷たく無関心なようでいて、テオドアは人のことをよく見ている。
そのことを、シエラはもう知っていた。
「はい」
シエラは小さく頷く。
「旦那様のためになるかもしれませんから」
テオドアはしばらくシエラを見つめていたが、やがて何も言わず、椅子へ腰を下ろした。
「では、始めますね」
エリザはすぐにその前へ進み出る。
先ほどまでの苛立ちはどこへやら、今度は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「きっと、すぐに楽になりますわ」
そう言って、テオドアの手へ自分の手を重ねる。
淡い光が、エリザの指先からじわりと滲み始めた。
——魔力調律。
シエラには扱うことのできない、希少な力。
少し離れたところから、シエラはその様子をじっと見守る。
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、エリザだった。
先ほどまで余裕に満ちていた表情が、わずかに曇る。
重ねた手を見つめ、確かめるようにもう一度魔力を送り込んでいく。
「……そんな」
シエラには詳しいことまでは分からないが、エリザの表情から、思うような手応えが得られていないことだけは伝わってきた。
一方のテオドアは、ほとんど表情を変えていない。
「どうして……」
エリザは眉を寄せると、今度は先ほどよりも強く魔力を送り込み始めた。
淡い光が徐々に強さを増していく。
しばらくして、テオドアがわずかに目を細めた。
「もういい」
「でも、まだ——」
食い下がろうとするエリザに、テオドアが続ける。
「微力な変化はあった。だが、それも一瞬だ」
エリザの顔から、今度こそ笑みが消えた。
同時に、指先に滲んでいた光も消えていく。
「君の力は、俺には効かない」
そう言って、テオドアはすっと手を引いた。
そのまま椅子から立ち上がる。
「そんな……」
エリザは呆然とその場に立ち尽くした。
「でも、今のはたまたまですわ。もう一度やれば、きっと――」
テオドアは取り合わず、まっすぐシエラの方へ歩いてくる。
「シエラ」
目の前に立ったテオドアは、どこか不満げな、少し拗ねたような顔でシエラを見下ろしていた。
「これで分かっただろう。俺には、君だけだ」
きっと、施術の話をしているだけだ。
そう分かっているはずなのに、心臓がどきりと跳ねた。
「は、はい……」
テオドアはもう、エリザの方を見ようともしなかった。
エリザの顔が、みるみる歪んでいく。
強く噛みしめた唇には、うっすらと血が滲んでいた。
そこは、グランツから今後ほかの魔術師たちも紹介したいと言われたあと、テオドアがすぐに用意してくれた部屋だった。
背もたれを深く倒せる椅子に、タオルやオイル、小物を収める棚まで揃っている。
『でも、まだ本当にお客様が来るかも分からないのに……』
戸惑うシエラへ、テオドアは当然のように言った。
『君が必要になるかもしれないものを、惜しむ必要がどこにある?』
それ以来、テオドア自身も何度かこの部屋で施術を受けている。
だからこそ今回も、テオドアがいつもと同じように身体を預けられる場所で受けてもらいたかった。
普段との違いも、その方が分かりやすい。
エリザの魔力調律が本当にテオドアに合うのなら、きちんと確かめたい。
そう思って、シエラ自身がこの部屋を案内したのだ。
けれど、エリザが当たり前のように部屋へ足を踏み入れるのを見た途端、胸の奥がわずかにざわついた。
「……いいのか」
隣から低い声が落ちる。
一見冷たく無関心なようでいて、テオドアは人のことをよく見ている。
そのことを、シエラはもう知っていた。
「はい」
シエラは小さく頷く。
「旦那様のためになるかもしれませんから」
テオドアはしばらくシエラを見つめていたが、やがて何も言わず、椅子へ腰を下ろした。
「では、始めますね」
エリザはすぐにその前へ進み出る。
先ほどまでの苛立ちはどこへやら、今度は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「きっと、すぐに楽になりますわ」
そう言って、テオドアの手へ自分の手を重ねる。
淡い光が、エリザの指先からじわりと滲み始めた。
——魔力調律。
シエラには扱うことのできない、希少な力。
少し離れたところから、シエラはその様子をじっと見守る。
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、エリザだった。
先ほどまで余裕に満ちていた表情が、わずかに曇る。
重ねた手を見つめ、確かめるようにもう一度魔力を送り込んでいく。
「……そんな」
シエラには詳しいことまでは分からないが、エリザの表情から、思うような手応えが得られていないことだけは伝わってきた。
一方のテオドアは、ほとんど表情を変えていない。
「どうして……」
エリザは眉を寄せると、今度は先ほどよりも強く魔力を送り込み始めた。
淡い光が徐々に強さを増していく。
しばらくして、テオドアがわずかに目を細めた。
「もういい」
「でも、まだ——」
食い下がろうとするエリザに、テオドアが続ける。
「微力な変化はあった。だが、それも一瞬だ」
エリザの顔から、今度こそ笑みが消えた。
同時に、指先に滲んでいた光も消えていく。
「君の力は、俺には効かない」
そう言って、テオドアはすっと手を引いた。
そのまま椅子から立ち上がる。
「そんな……」
エリザは呆然とその場に立ち尽くした。
「でも、今のはたまたまですわ。もう一度やれば、きっと――」
テオドアは取り合わず、まっすぐシエラの方へ歩いてくる。
「シエラ」
目の前に立ったテオドアは、どこか不満げな、少し拗ねたような顔でシエラを見下ろしていた。
「これで分かっただろう。俺には、君だけだ」
きっと、施術の話をしているだけだ。
そう分かっているはずなのに、心臓がどきりと跳ねた。
「は、はい……」
テオドアはもう、エリザの方を見ようともしなかった。
エリザの顔が、みるみる歪んでいく。
強く噛みしめた唇には、うっすらと血が滲んでいた。


