神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 「それに、奥様のお姿を見て不幸になる者など、この屋敷には一人もおりません」

 シエラは目を見開いた。こんな風に言ってもらえたのは、初めてだった。
 ベアトリスの顔が険しくなる。

 「使用人の分際で、主人の客に口を挟むなんて」

 冷たい視線がマリーへ向けられた。

 「ミューゼル家は、使用人のしつけもなっていないのね」

 マリーの肩がわずかに揺れる。
 その瞬間、シエラの胸の奥で、何かが弾けた。

 「やめてください」
 
 凛とした声が、その場に響いた。
 ベアトリスとエリザが、揃ってシエラを見る。

 「私をどう思うかは、あなたたちの自由です」

 マリーは驚いたようにシエラを見つめている。
 シエラは、二人から決して目を逸らさなかった。

 「ただ、これ以上我が家の者を侮辱することは——私が許しません」

 室内に、しんと静寂が落ちる。

 「申し訳ございません。当家では、奥様を侮辱されても黙っているようには教えておりませんので」

 アルバが、いつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべたまま告げる。
 口調は丁寧なのに、そこに引く気配は微塵もなかった。

 ベアトリスが、怒りのあまりわなわなと震えている。
 その隣で、エリザはシエラをじっと見つめる。
 まるで、まだ自分の立場を理解していない子どもを憐れむような目だった。

 「……やっぱり、早く分からせてあげないとね」
 「何を――」

 その時、応接室の扉が静かに開いた。

 「――何の話だ」

 低い声が響き、シエラが振り向く。

 「旦那様」

 そこには、仕事から戻ったばかりらしいテオドアが立っていた。
 宮廷魔術師の黒いローブはすでに脱いでおり、白いシャツに濃色のベストという軽装になっている。
 きっちりと整えられていた襟元もわずかに緩み、夜会の時とはまた違う、気負いのない姿だった。

 その姿を目にした瞬間、エリザの瞳が見開かれる。

 「テオドア様」

 先ほどまでシエラへ向けていた冷たい表情が嘘のように、エリザはぱっと花が咲くような笑みを浮かべる。
 そして素早く立ち上がると、テオドアのもとへ歩み寄った。

 「突然お邪魔してしまって、ごめんなさい」

 「何か用件でも?」

 テオドアは、座ったままのベアトリスにもちらりと視線を向けてから、端的に問う。
 エリザはその素っ気なさにもめげず、むしろ嬉しそうに微笑んだ。

 「テオドア様は、不眠にお悩みだとお聞きしました」
 「……それで?」

 エリザはさらに一歩、テオドアとの距離を詰める。

 「私なら、お力になれると思うんです」

 胸元へそっと手を添え、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 「私は魔力調律の力を持っていますから。これまで、たくさんの魔術師の方にも認めていただいています」

 (……まさか)

 シエラは息を呑む。

 (エリザの目的は――旦那様なの?)

 あれほどこの結婚を嫌がっていたくせに。
 テオドアが健康を取り戻し、本来の美しい姿へ戻った途端、手のひらを返したように近づいてくるなんて。

 (そんなの、勝手すぎる)