「なんにせよ、こんな美人な奥様に触ってもらえるなら本望です」
「えっ」
突然の言葉に、シエラが目を瞬く。
ルシアンは冗談めかして笑っていた。
その様子を見る限り、グランツの話をどこまで本気にしているのかは怪しい。
何年も続いてきた不調が、頭をほぐされただけで本当に改善するとは、とても思っていないように見えた。
「……相変わらずだな」
テオドアは、どこか呆れたようにルシアンを見ていた。
「褒めただけだろ」
ルシアンは悪びれもせず笑った。
シエラは二人を見比べながら、やはり随分と気安い間柄なのだと思った。
「では、始めますね」
シエラはルシアンの頭側へ回ると、施術の邪魔にならないよう袖口を整えた。
「それでは――極上の眠りをお届けします!」
「へえ。本当に“寝落ち”とやらをさせる気ですか?」
「はい、もちろんです!」
「なるほど。じゃあ、期待しておきます」
口元にはまだ、どこか面白がるような笑みが残っている。
その顔を見て、シエラはふと前世のことを思い出した。
『俺、こういうので寝たことないんだよね』
そんなふうに自信満々に言っていた客も、これまで何人もいた。
けれど、いざシエラが施術を始めれば、いずれも抗いきれずに眠りへ落ちていったものだ。
少しだけ懐かしくなって、シエラの口元に自然と笑みが浮かぶ。
ルシアンの頭へ、そっと両手を添えた。
こめかみから耳の周りへと指を移し、張りの強いところを探しながら、ゆっくりとほぐしていく。
「……へえ」
「どうですか?」
「思っていたより、ずっと気持ちいいですね」
「よかったです」
最初こそ軽口を叩いていたルシアンも、次第に口数が減っていった。
今では時折短く息を吐くだけで、瞼もいつの間にか閉じられている。
「これ……まじで……」
眠たげに掠れた声が、途中で途切れた。
「やば……」
最後まで言い切ることなく、そのまま静かな寝息へ変わっていく。
シエラは思わず、ふふ、と小さく笑った。
(やっぱり)
自分だけは絶対に寝ないと豪語していた人ほど、案外あっさり落ちる。
それは、どの世界でも変わらないらしい。
ふと顔を上げると、テオドアと目が合った。
彼は何も言わず、ただかすかに頷いた。
シエラも小さく笑って、再び施術へ意識を戻す。
けれど、施術を続けているうちに、シエラの意識は別のものへ引かれていった。
(……あれ?)
指先に、かすかな違和感がある。
筋肉の張りとは違う。グランツへ触れた時にも感じた、もっと身体の奥深いところにある何かだった。
まだ、それが何なのかは分からない。
けれど、指を動かすたびに、その正体の分からないものまで少しずつ動いていくような感覚がある。
(まただ……)
気になりはしたものの、今は目の前の施術に集中する。
シエラはいつも通り、ルシアンの呼吸に合わせて手を動かし続けた。
「えっ」
突然の言葉に、シエラが目を瞬く。
ルシアンは冗談めかして笑っていた。
その様子を見る限り、グランツの話をどこまで本気にしているのかは怪しい。
何年も続いてきた不調が、頭をほぐされただけで本当に改善するとは、とても思っていないように見えた。
「……相変わらずだな」
テオドアは、どこか呆れたようにルシアンを見ていた。
「褒めただけだろ」
ルシアンは悪びれもせず笑った。
シエラは二人を見比べながら、やはり随分と気安い間柄なのだと思った。
「では、始めますね」
シエラはルシアンの頭側へ回ると、施術の邪魔にならないよう袖口を整えた。
「それでは――極上の眠りをお届けします!」
「へえ。本当に“寝落ち”とやらをさせる気ですか?」
「はい、もちろんです!」
「なるほど。じゃあ、期待しておきます」
口元にはまだ、どこか面白がるような笑みが残っている。
その顔を見て、シエラはふと前世のことを思い出した。
『俺、こういうので寝たことないんだよね』
そんなふうに自信満々に言っていた客も、これまで何人もいた。
けれど、いざシエラが施術を始めれば、いずれも抗いきれずに眠りへ落ちていったものだ。
少しだけ懐かしくなって、シエラの口元に自然と笑みが浮かぶ。
ルシアンの頭へ、そっと両手を添えた。
こめかみから耳の周りへと指を移し、張りの強いところを探しながら、ゆっくりとほぐしていく。
「……へえ」
「どうですか?」
「思っていたより、ずっと気持ちいいですね」
「よかったです」
最初こそ軽口を叩いていたルシアンも、次第に口数が減っていった。
今では時折短く息を吐くだけで、瞼もいつの間にか閉じられている。
「これ……まじで……」
眠たげに掠れた声が、途中で途切れた。
「やば……」
最後まで言い切ることなく、そのまま静かな寝息へ変わっていく。
シエラは思わず、ふふ、と小さく笑った。
(やっぱり)
自分だけは絶対に寝ないと豪語していた人ほど、案外あっさり落ちる。
それは、どの世界でも変わらないらしい。
ふと顔を上げると、テオドアと目が合った。
彼は何も言わず、ただかすかに頷いた。
シエラも小さく笑って、再び施術へ意識を戻す。
けれど、施術を続けているうちに、シエラの意識は別のものへ引かれていった。
(……あれ?)
指先に、かすかな違和感がある。
筋肉の張りとは違う。グランツへ触れた時にも感じた、もっと身体の奥深いところにある何かだった。
まだ、それが何なのかは分からない。
けれど、指を動かすたびに、その正体の分からないものまで少しずつ動いていくような感覚がある。
(まただ……)
気になりはしたものの、今は目の前の施術に集中する。
シエラはいつも通り、ルシアンの呼吸に合わせて手を動かし続けた。


