やがて騒ぎが収まり、大広間には少しずつ談笑の声が戻ってきた。
先ほどの令嬢は着替えのために席を外し、エリザたちも気まずそうに距離を取っている。
シエラはテオドアの隣に戻ると、何気なく周囲を見渡した。
そんな中、一人の年配の男性が目に留まった。
顔色は青白く、目の下には濃い隈が落ちている。こめかみを押さえ、深く眉を寄せる様子からも、かなり辛そうだった。
(……すごい隈)
どこか以前のテオドアを思わせる姿に、シエラはついその男性を気にしてしまう。
すると、男性が一歩踏み出した途端、身体がふらりと傾いた。
「大丈夫ですか!?」
シエラが駆け寄るのとほとんど同時に、テオドアも素早く腕を伸ばして男性の身体を支えた。
周囲から、驚いた声が上がる。
「グランツ卿が……」
(グランツ卿……?)
聞き覚えのある名に、シエラは記憶を探る。
「……すまんな」
男性は苦しげに息を吐き、テオドアの支えを借りながらどうにか体勢を立て直した。
「いえ」
短く答えるテオドアのそばから、シエラは心配そうに男性の顔を覗き込む。
「もしかして、あまり眠れていないんじゃありませんか?」
思いがけないことを言われたのか、男性が訝しげにシエラを見た。
「グランツ卿。ひとまず休憩室へ」
テオドアに促され、男性も小さく頷く。
三人はそのまま、大広間をあとにした。
*
休憩室の長椅子へ腰を下ろした男性を前にして、シエラはようやくその人物が誰なのかを思い出した。
レオニス・グランツ。
王宮に仕える魔術師たちを束ねる、宮廷魔術師長だ。
(この方が……)
名前だけならシエラでも知っている。
王国でも指折りの魔術師として知られ、長年王家に仕えてきた人物だった。
「昔から頭痛と不眠に悩まされていてな」
「不眠……!」
思わず反応すると、グランツが苦笑する。
「魔力の多い者には珍しくない症状だ」
そう言って、ちらりとテオドアへ目を向けた。
テオドアは何も答えなかった。
「医師や治癒魔術師にも診てもらったが、根本的にはどうにもならん」
シエラは心配そうにグランツを見る。
そこで、ひとつの方法が頭に浮かんだ。
「でしたら、魔力調律ができる方をお呼びしましょうか?」
「魔力調律?」
「はい」
口にした途端、真っ先にエリザの顔が浮かぶ。
できれば今は顔を合わせたくなかった。つい先ほど、あんなやり取りをしたばかりだ。
けれど、目の前には明らかに苦しんでいる人がいる。そんな時に自分の感情を優先するわけにはいかなかった。
「私の妹が魔力調律を使えるんです。今日も会場に来ていますから、よければ呼んできます」
そう言って立ち上がりかけると、グランツが手で制した。
「いや。その必要はない」
「でも……」
「魔力調律も何度か受けている。まったく効かないわけではないが、私には効果が薄くてな」
「そうなんですか?」
「ああ。受けた直後は多少楽になる。だが長くは続かんし、眠れるほど症状が和らいだこともない」
「そんな……」
シエラは思わずテオドアを見る。
彼も以前、薬も治療も魔力調律も試したと言っていた。それでも、ほとんど効果はなかった、と聞いた。
(グランツ卿には、少しは効くんだ……)
それでも、今こうして苦しんでいることに変わりはない。
シエラは少し迷ったあと、意を決して口を開いた。
「あの!」
「……何だ?」
「よろしければ、私に任せていただけませんか?」
先ほどの令嬢は着替えのために席を外し、エリザたちも気まずそうに距離を取っている。
シエラはテオドアの隣に戻ると、何気なく周囲を見渡した。
そんな中、一人の年配の男性が目に留まった。
顔色は青白く、目の下には濃い隈が落ちている。こめかみを押さえ、深く眉を寄せる様子からも、かなり辛そうだった。
(……すごい隈)
どこか以前のテオドアを思わせる姿に、シエラはついその男性を気にしてしまう。
すると、男性が一歩踏み出した途端、身体がふらりと傾いた。
「大丈夫ですか!?」
シエラが駆け寄るのとほとんど同時に、テオドアも素早く腕を伸ばして男性の身体を支えた。
周囲から、驚いた声が上がる。
「グランツ卿が……」
(グランツ卿……?)
聞き覚えのある名に、シエラは記憶を探る。
「……すまんな」
男性は苦しげに息を吐き、テオドアの支えを借りながらどうにか体勢を立て直した。
「いえ」
短く答えるテオドアのそばから、シエラは心配そうに男性の顔を覗き込む。
「もしかして、あまり眠れていないんじゃありませんか?」
思いがけないことを言われたのか、男性が訝しげにシエラを見た。
「グランツ卿。ひとまず休憩室へ」
テオドアに促され、男性も小さく頷く。
三人はそのまま、大広間をあとにした。
*
休憩室の長椅子へ腰を下ろした男性を前にして、シエラはようやくその人物が誰なのかを思い出した。
レオニス・グランツ。
王宮に仕える魔術師たちを束ねる、宮廷魔術師長だ。
(この方が……)
名前だけならシエラでも知っている。
王国でも指折りの魔術師として知られ、長年王家に仕えてきた人物だった。
「昔から頭痛と不眠に悩まされていてな」
「不眠……!」
思わず反応すると、グランツが苦笑する。
「魔力の多い者には珍しくない症状だ」
そう言って、ちらりとテオドアへ目を向けた。
テオドアは何も答えなかった。
「医師や治癒魔術師にも診てもらったが、根本的にはどうにもならん」
シエラは心配そうにグランツを見る。
そこで、ひとつの方法が頭に浮かんだ。
「でしたら、魔力調律ができる方をお呼びしましょうか?」
「魔力調律?」
「はい」
口にした途端、真っ先にエリザの顔が浮かぶ。
できれば今は顔を合わせたくなかった。つい先ほど、あんなやり取りをしたばかりだ。
けれど、目の前には明らかに苦しんでいる人がいる。そんな時に自分の感情を優先するわけにはいかなかった。
「私の妹が魔力調律を使えるんです。今日も会場に来ていますから、よければ呼んできます」
そう言って立ち上がりかけると、グランツが手で制した。
「いや。その必要はない」
「でも……」
「魔力調律も何度か受けている。まったく効かないわけではないが、私には効果が薄くてな」
「そうなんですか?」
「ああ。受けた直後は多少楽になる。だが長くは続かんし、眠れるほど症状が和らいだこともない」
「そんな……」
シエラは思わずテオドアを見る。
彼も以前、薬も治療も魔力調律も試したと言っていた。それでも、ほとんど効果はなかった、と聞いた。
(グランツ卿には、少しは効くんだ……)
それでも、今こうして苦しんでいることに変わりはない。
シエラは少し迷ったあと、意を決して口を開いた。
「あの!」
「……何だ?」
「よろしければ、私に任せていただけませんか?」


