神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 いつの間に戻ってきたのか、テオドアがシエラを庇うように腕の中へ抱き寄せていた。
 そのまま濡れた令嬢へ、冷ややかな視線を向ける。

 「……随分と悪質な“事故”だな」
 「ち、違います! 私はただ足を滑らせて……!」
 「俺の目には、妻を狙ったように見えたが?」
 「ひっ……」

 声を荒らげたわけではない。
 それでも、低く冷えきった声音には有無を言わせぬ圧があり、令嬢の顔からみるみる血の気が引いていく。
 傍らでは、エリザも息を呑んでいた。

 「次に妻へ手を出せば――」

 その言葉とともに、テオドアの周囲の空気がぴり、と震えた。
 目には見えなくとも、それが魔力の揺らぎなのだとシエラにも分かる。

 やがてテオドアの視線が、ゆっくりとエリザへ移った。

 「この程度では済まさない」

 エリザたちの顔が、さっと青ざめた。

 静まり返っていた周囲には、今度は別のざわめきが広がっていく。

 「……今の障壁、見たか?」
 「ああ。無詠唱で瞬時に展開した」

 少し離れたところにいた男たちが、驚きを隠せない様子で声を潜めていた。

 「それだけじゃない。発動したあとで形状まで変えたぞ」
 「だが、ミューゼル公爵は初歩的な魔術しか扱えないはずでは?」
 「俺もそう聞いていたが……」

 困惑を含んだ声が次々と重なっていく。
 けれど、テオドアはそんな周囲の反応には目もくれなかった。

 腕の中にいるシエラへ顔を向ける。

 「怪我は?」
 「……だ、大丈夫です」
 「そうか」

 それを聞いた途端、それまで険しかった表情から力が抜けた。
 間近で見上げた深紫の瞳には、先ほどまでの冷たさなどもう残っていない。
 ただ、シエラが無事だったことへの安堵だけが、はっきりと滲んでいた。
 その瞬間、どくん、と胸が跳ねた。

 (……ん?)

 聞き間違えようのないほど、大きな鼓動だった。
 理由も分からないまま戸惑っているうちに、テオドアの腕がゆっくりと離れていく。
 途端に、さっきまで触れていた温もりがなくなったことを、妙に意識してしまった。

 (……どうしたんだろう、私)

 シエラは小さく首を傾げる。胸の奥には、先ほどの鼓動の余韻が残り続けていた。