神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 その時、テオドアが足を止めた。
 
 「主催者に挨拶をしてくる。少しだけ離れる」

 「はい」

 テオドアが人々の輪の向こうへ歩いていく。
 シエラがその背中を見送っていると、ほどなくして聞き慣れた声がした。

 「お姉様」

 振り返ると、数人の令嬢を伴ったエリザが、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。

 「……エリザ」
 「お久しぶり」
 「ええ。久しぶりね」

 シエラは顔を逸らさず、まっすぐ目を合わせた。
 その反応が意外だったのか、エリザの眉が一瞬だけ動く。

 「まあ……本当に随分とお変わりになったのね」

 声音だけを聞けば、久しぶりに会った姉を喜んでいる妹そのものだった。
 けれど、次の瞬間には笑顔のまま身を寄せ、周囲には聞こえない声で囁く。

 「ねえ。どうして醜い顔をさらしているの?」
 「……!」

 シエラの目が見開かれる。
 エリザは相変わらず美しく微笑んでいた。

 「言ったわよね? 誰もお姉様の顔なんて見たくないって」

 その言葉を聞いた瞬間、幼い頃から何度も浴びせられてきた声が蘇る。

 『その顔、ちゃんと隠しておいてね』
 『見ているこっちが気分悪くなるもの』

 胸の奥がきゅっと縮み、身体が一瞬こわばった。
 エリザはそんなシエラを値踏みするように上から下まで眺め、ドレスのあたりで視線を止めた。

 「なのに、どうしてそんな格好をしているの?」

 くすりと笑う。

 「まさか、自分に似合うとでも思ったの?」

 今までなら、ここで俯いていただろう。長い前髪の奥へ逃げ込むように目を伏せ、何も言い返せないまま耐えていたはずだ。
 けれど、今のシエラにはもう、顔を隠すつもりも、エリザの言葉に従うつもりもなかった。
 
 「もう、あなたの言いなりにはならないわ」

 エリザの笑みが止まる。

 「……何ですって?」
 「私のことは、私が決めたいの」

 その言葉は、不思議なくらい迷いなく口から出た。

 「お姉様の分際で……!」

 エリザの顔が怒りに歪む。
 けれど、周囲の人々がこちらを見ていることに気づいた途端、その表情は一変した。

 「……ごめんなさい」
 「え?」

 悲しげに眉を下げ、怯えるように一歩後ろへ下がる。

 「また、お姉様の気に障ったのね」

 シエラが呆気に取られる間にも、エリザの目にはみるみる涙が滲んでいく。

 「私……昔からこうやってお姉様を怒らせては、折檻されていたの」
 「な……っ」

 エリザのそばにいた令嬢たちが、一斉に息を呑んだ。
 「まあ……!」
 「だから今でも、お姉様が怒っている顔を見ると怖くて……」

 エリザは震えるように自分の腕を抱く。
 その姿だけを見れば、姉に怯える健気な妹にしか見えない。