神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 時は少し遡り――。

 正装を整えたテオドアは、玄関ホールでシエラを待っていた。
 黒を基調とした夜会用の衣装は、すらりとした長身によく映えている。余計な装飾はないのに、仕立ての良さと彼自身の美貌も相まって、十分すぎるほど目を引いた。
 やがて、階段の方から軽い足音が聞こえてくる。

 「旦那様、奥様のご準備が整いました」

 マリーの声に、テオドアが振り返った。
 そしてそのまま、動きを止める。

 夜会用のドレスに身を包み、亜麻色の髪を美しく結い上げたシエラが、ゆっくりと階段を下りてくる。
 いつもの柔らかな愛らしさに華やかさが加わり、今夜はひときわ目を引いた。
 シエラは裾を踏まないよう慎重に階段を下りきると、テオドアの前で立ち止まった。

 「お待たせしました、旦那様」

 返事がない。
 不思議に思って顔を上げると、テオドアはまだこちらを見つめていた。

 「……旦那様?」

 首を傾げた途端、テオドアははっと我に返ったように顔を逸らした。
 その一瞬、黒髪の間から覗いた耳が、うっすら赤く染まっているのが見えた。

 (あれ、旦那様……耳が赤い?)

 けれど次の瞬間には、顔を逸らしたテオドアの髪に隠れてしまう。

 「……いや。行くぞ」
 「はい!」

 シエラは深く考えることもなく笑って、差し出されたテオドアの腕へ手を添えた。

 *

 大広間へ足を踏み入れてからも、二人へ向けられる視線は止まなかった。

 「……本当に、あの方がミューゼル公爵?」

 「“屍人公爵”と呼ばれていたお姿とは、まるで……」

 ひそやかな声が、あちこちから聞こえてくる。
 中でも令嬢たちの視線は、テオドアへ集中していた。

 「なんてお綺麗な方なの……」

 思わず零れたらしい呟きに、シエラも隣を見上げる。
 隙なく整えられた正装に、凛とした横顔。
 以前の病的な面影などほとんど残っておらず、どこから見ても申し分のない貴公子だった。

 (みんな、旦那様に釘付けね)

 無理もない、とシエラはひとり納得する。
 毎晩きちんと眠れるようになり、食事も少しずつ取れるようになった。
 その積み重ねが、こうして目に見える形で現れていることが、なんだか自分のことのように嬉しかった。

 (今日の旦那様、本当に完璧だもの)

 シエラはうんうん、と満足げに頷いた。
 毎晩せっせと寝落とし続けてきた甲斐があったというものだ。

 一方、エリザもまたテオドアから目を離せずにいた。
 先ほどまで浮かべていた余裕のある笑みはすっかり消え失せ、信じられないものを見るように目を見開いている。
 
 やがて、その視線がテオドアの隣に立つシエラへ移ると、笑みがわずかに引きつった。
 扇子を握る指にも、ぎり、と力がこもる。