神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 黒を基調とした正装に包まれた長身が、ゆっくりと広間へ姿を現す。
 艶やかな黒髪の下、長い睫毛に縁取られた深紫の瞳は、灯りを映して澄んだ光を宿していた。
 すっと通った鼻梁に、研ぎ澄まされたような端正な輪郭。

 華やかな貴族たちの中にあってなお、ひと目で視線を奪われる。

 (……誰?)

 一瞬、本気でそう思った。
 けれど、その男がミューゼル公爵家の紋章を身につけていることに気づき、エリザの表情が強張る。

 (まさか……)

 かつて“屍人公爵”と呼ばれていた男の面影など、どこにもない。
 そして、その隣に立っていた女性を見た瞬間――今度こそ、エリザは言葉を失った。

 淡いミントグリーンのドレスは、ふんわりと広がるスカートに繊細なレースを重ねた可憐なデザインだった。
 胸元や袖には小粒の真珠が散りばめられ、控えめながらも、一目で上質な仕立てだと分かる。
 丁寧に結い上げられた亜麻色の髪が、愛らしい顔立ちをいっそう引き立てていた。もう、その顔を覆い隠す長い前髪はない。

 背筋を伸ばし、顔を上げて。
 シエラは堂々と微笑んでいた。

 先ほどまで満ちていたざわめきが、いつの間にか消えている。
 誰もが入口に立つ二人を見つめたまま、言葉を失っていた。

 エリザの唇から、かすれた声が漏れる。

 「……は?」

 そんな周囲の反応など意に介さず、テオドアは隣のシエラへ顔を向けた。

 「行くぞ」
 「はい」

 シエラは頷き、差し出された腕へそっと手を添える。
 二人は並んで、大広間へ足を踏み入れた。

 息を呑むほど端正なテオドアと、その隣で凛と前を向くシエラ。
 並んだ二人は、誰の目にも美しく釣り合いの取れた夫婦にしか見えなかった。

 エリザは目を見開いたまま、その姿を凝視していた。

 (嘘……)

 信じられない。
 目の前にいる二人と、自分の記憶の中にいる姉夫婦が、どうしても結びつかない。

 (あれが――)

 扇子を握る指に、思わず力がこもる。

 (お姉様と、“屍人公爵”……!?)