神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 東屋でアルバと話してから、数日。
 シエラはテオドアに呼ばれ、執務室を訪れていた。

 扉を開けると、テオドアはいつものように机へ向かっていた。以前とは違い、その横顔に疲労の色は薄い。

 「旦那様、何かご用ですか?」
 「ああ。これを」

 そう言って差し出されたのは、一通の封筒だった。

 「君宛ての手紙だ」
 「私に?」

 受け取って、差出人の名を確認する。
 その瞬間、シエラの指先が止まった。

 「……エリザ」

 見慣れた名前だった。
 封を切ると、中から夜会の招待状と、どこか気取った美しい文字で綴られた手紙が現れる。
 
 『親愛なるお姉様へ』
 『ご結婚以来、一度もお会いできておりませんもの』
 『せっかくの機会ですから、今度の夜会にはぜひ旦那様とご一緒にいらしてくださいね』

 文字を追うほど、シエラの眉間に皺が寄っていく。
 そして、最後の一文を読んだところで、その表情は完全に曇った。

 『噂の“屍人公爵”様にお会いできることも、楽しみにしておりますわ』

 (……相変わらずね)

 親しげな言葉を並べていても、その裏に何があるのかくらい分かる。
 エリザは昔からそうだった。
 花開くように美しく笑いながら、シエラを傷つける言葉を選ぶことにかけては、誰よりも長けていた。

 「何と?」

 テオドアの声に、シエラは顔を上げた。

 「今度の夜会に、旦那様と一緒に来てほしい、と」

 「……そうか」

 それだけ答えたあと、テオドアはすぐには何も言わなかった。
 代わりに、手紙を握るシエラの顔をじっと見つめている。

 「君が嫌なら、行かなくていい」
 「え?」

 思いがけない言葉に、シエラは目を瞬かせた。

 「無理に付き合う必要はないだろう」

 口調はいつも通りぶっきらぼうだった。
 けれど、その紫色の瞳は、シエラの反応を確かめるように静かにこちらを見ている。

 シエラは手元の招待状へ視線を落とした。

 華やかな夜会の片隅。長い前髪で顔を隠し、誰とも目を合わせられずに俯いていた過去の自分。
 遠くから聞こえてくるエリザたちの笑い声に、ただ耐えることしかできなかった。
 シエラは招待状を持つ手へ、そっと力を込めた。

 「……私、行きます」
 「いいのか?」
 「はい」

 顔を上げる。今度は、逃げることなく真っ直ぐにテオドアを見つめた。

 「もう、隠れないって決めたので」

 テオドアは何も言わなかった。
 ただ、しばらくシエラの目を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

 「……そうか」

 そして、手元の招待状へ視線を落とす。

 「なら、俺も行く」
 「え?」
 「夫婦で招かれているんだろう」

 シエラの顔がぱっと明るくなる。

 「はい!」

 その笑顔に、テオドアの目が一瞬だけ留まった。
 けれど、何も言わずに視線を逸らす。

 シエラはそんな彼の変化には気づかないまま、手の中の招待状を見つめた。
 今度こそ、顔を上げてあの場所へ行くのだ。