神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 連れて来られたのは、花の咲き誇る庭園の一角にある東屋だった。
 柔らかな朝の光が降り注ぐ中、シエラが椅子へ腰を下ろすと、アルバは慣れた手つきで紅茶を淹れていく。

 「どうぞ、奥様」
 「ありがとう」

 差し出されたカップへ口をつけてから、シエラは先ほどから気になっていたことを尋ねた。

 「さっき、みんなが私に感謝してるって言ってたけど……どうして?」

 アルバはティーポットを置き、庭園の向こうへ視線を向けた。

 「この屋敷の者は皆、旦那様を慕っていますから」
 「旦那様を?」
 「ええ」

 その視線の先では、何人もの使用人がそれぞれの仕事に励んでいる。
 庭木の手入れをする者。洗濯物を運ぶ侍女。年配の使用人から仕事を教わる若者の姿もあった。

 「ここには、他では働くことが難しかった者も少なくないんです。身寄りをなくした者や、身体に事情がある者。それに、以前の勤め先で居場所を失った者もいます」

 その時、少し離れた庭園の端を、剪定ばさみを手にした老年の庭師が横切った。
 片足を少し引きずっている。それでも、抱えた枝葉はきれいに切り揃えられていて、その仕事ぶりは丁寧だった。
 シエラはその後ろ姿を見送り、ようやくアルバの言葉の意味を理解する。

 「旦那様は、そういう事情だけで人を切り捨てたりしません。働く意思があるのなら、それぞれが働ける場所をきちんと用意してくださる方です」
 
 その言葉を聞いて、シエラは先ほど廊下で出会った使用人たちの笑顔を思い出した。

 (やっぱり旦那様って、優しい人なんだ)

 「だから皆、旦那様には恩を感じています」

 そこで、アルバの表情にふっと翳りが差した。

 「けれど、不眠に苦しむ旦那様のことだけは、誰にもどうすることができませんでした」

 シエラの脳裏に、以前のテオドアの姿が蘇った。
 屋敷で顔を合わせるたび、いつもひどく疲れていた。ろくに眠れず、食事にもほとんど手をつけられない――そんな姿ばかりを見てきた。

 「長い間、皆それを歯痒く思っていたんです。だから、奥様のおかげで旦那様が眠れるようになって……本当に喜んでいるんですよ」
 「……そうだったの」

 自分がここにいることで、喜んでくれる人がいる。
 その事実が、シエラにはなんだかくすぐったかった。
 そこでふと、ひとつの疑問が浮かぶ。

 「そういえば……旦那様って、いつから眠れないの?」

 問いかけた瞬間、アルバの表情が引き締まった。

 「幼い頃からです」
 「え……?」
 「旦那様はこれまで、まともに眠れたことがほとんどありません」

 シエラは思わず目を見開いた。

 「ほとんど……?」
 「ええ。身体が限界まで疲れ切って、ほんの短い間、意識を失う。それがあの方にとっての睡眠でした」

 シエラは言葉を失った。
 
 (そんな状態が、子どもの頃からずっと……?)

 魔力の多い者ほど、不眠や頭痛といった不調に悩まされることがある。それ自体は、シエラも知っていた。
 
 (でも旦那様は、初歩的な魔術しか使えないって……)

 多くの場合、魔術の力量と、魔術量は比例する。
 それなのに、どうしてここまで症状が重いのだろう。