神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 シエラは慌てて椅子から立ち上がった。

 「なんだ」
 「今日は、一緒に朝食をとりましょう」
 「必要ない」
 「あります」

 即答する。

 「良質な睡眠はもちろんですけど、健康には食事だって大切なんですよ」
 「食べられないものを無理に――」
 「少しずつでいいんです」

 シエラはずいと近づき、テオドアの顔を覗き込んだ。

 以前よりは、確かに顔色がいい。
 けれど頬はまだ細く、健康的とは到底言えなかった。

 頬へぺたりと手を添える。

 「お、おい……」
 「顔色は前よりいいですけど、まだ痩せすぎです」

 首筋へ指を添え、さらに身体の状態を確かめようと手を下ろしかける。

 「それにこの辺りも――」
 「……分かった!」

 珍しく慌てた声が上がった。
 テオドアはシエラから顔を背けるようにして、一歩だけ距離を取る。

 「食べる。食べるから……離れろ」

 その耳は、ほんのりと赤く染まっていた。

 「本当ですか?」
 「ああ」
 「約束ですよ?」
 「分かった」

 念を押してから、シエラはようやく手を離した。

 しばらくして、二人は向かい合って食卓についた。
 テオドアの前には、胃に負担がかからないよう量を控えた朝食が並べられている。
 彼はしばらく皿を見つめていたが、やがて諦めたように料理を口へ運んだ。

 ひと口食べたところで、紫色の瞳が僅かに見開かれる。
 それからもうひと口、今度は先ほどよりもためらいなく口へ運んだ。

 「いかがですか?」
 「……旨い」

 たったひと言。
 それでも、シエラには十分だった。

 「よかった」

 思わず笑みがこぼれる。
 眠れるようになったことで、食欲も少しずつ戻ってきているのだろう。以前より顔色もいい。
 
 (このまま、もっと元気になってくれたらいいな)

 その願いは、思っていたよりも早く形になっていった。

 *
 
 そうして夜ごとテオドアを眠りへ導くうちに、二か月ほどが過ぎていた。
 
 「す、すみません!」

 執務室へ書類を運んできた使用人が、足をもつれさせて束を床へ落とした。
 紙がばさばさと散らばり、使用人の顔からさっと血の気が引く。

 「……気にするな」
 「え……?」

 恐る恐る顔を上げた使用人は、そこでぴたりと動きを止めた。
 しばらく呆けたようにテオドアを見つめたあと、慌てて散らばった書類を拾い集める。

 「し、失礼いたしました!」

 一礼して執務室を出ると、扉を閉めたところで足を止めた。

 「……本当に、旦那様なのか……?」