神の手と呼ばれた私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 この硬さを、力任せにほぐしてはいけない。
 シエラは呼吸や身体の反応を確かめながら、こめかみから耳の上、後頭部へと、硬く張った場所をひとつずつ丁寧に緩めていく。

 最初のうち、テオドアの身体にはまだ強い緊張が残っていた。
 横になっているというのに肩はわずかに持ち上がり、眉間にも薄く皺が寄っている。

 (ずっと、こんなふうに力が抜けなかったのかな)
 
 しかし続けていくうちに、持ち上がっていたテオドアの肩が少しずつ沈み、浅かった呼吸もゆっくりと深くなっていった。
 

 「……どうして、君は……」

 掠れた声に、シエラはそっと顔を覗き込んだ。
 紫色の瞳はぼんやりとこちらを映している。いつもの鋭さはすっかり薄れ、その代わりに、戸惑うような色が浮かんでいた。

 (……もしかして)

 シエラはようやく気づいた。
 テオドアは、眠気そのものに戸惑っているのだ。
 ずっとまともに眠れずにいたのなら、意識がゆっくり遠のいていくこの感覚さえ、彼にとっては知らないものなのかもしれない。

 「大丈夫ですよ」

 シエラは手を止めず、安心させるように微笑んだ。

 「ちゃんと、眠くなっているだけです」
 「……これ、が……?」
 「はい」

 信じられないというように、テオドアの瞳が僅かに揺れる。

 「怖くありません。何も考えず、そのまま目を閉じてください」

 しばらく、テオドアはシエラを見つめていた。
 けれどやがて、抗うように何度か瞬いた瞼が、ゆっくりと閉じていく。

 シエラはそのまま、変わらないリズムで手を動かし続けた。

 深くなった呼吸に合わせて指を移した、その時。
 指先の奥で、ふっと何かがほどけるような感覚があった。

 (……今の、何?)

 凝りが緩んだ時とは少し違う気がした。
 けれど、それはあまりにも一瞬で、すぐに分からなくなる。

 ほどなくして、静かな寝室に規則正しい寝息が響き始めた。

 「……旦那様?」

 返事はない。
 シエラはようやく手を止め、眠る横顔を見つめる。

 「……寝た」

 胸の奥から、じわじわと喜びが込み上げてくる。
 薬も治療も効かなかった人を、自分の手で眠らせることができた。

 (私にも、できることがある)

 何の役にも立たないと思っていた自分の中にも、ちゃんと積み重ねてきたものが残っていた。

 「今夜は、どうかいい夢を」

 起こさないよう、そっと毛布をかける。

 眠っているテオドアは、起きている時よりずっと穏やかだった。
 険しさの消えた目元も、力の抜けた口元も、どこか幼く見える。

 (案外、寝顔はあどけないのね)

 そう思った途端、シエラにも大きな欠伸が出た。
 安心したせいか、今度は自分の瞼まで急に重くなってくる。

 (少しだけ……)

 途中で目を覚ましたら、またほぐしてあげればいい。
 そう思って寝台の端へ腕を預けたシエラの意識も、ほどなく静かに眠りへ沈んでいった。