神の手と呼ばれた私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 シエラはその頭側へ回り込み、両手をそっと構えた。

 「極上の眠りをお届けしてみせますよ」

 (……あ)

 自然とこぼれたその言葉に、シエラは懐かしさを覚えた。

 (口癖って、そう簡単には変わらないのね)

 前世でも、何度となく口にしていた言葉だった。
 日本で暮らしていた頃、シエラはドライヘッドスパを専門とする店で働いていた。

 残業続きの会社員。育児に疲れ切った母親。
 そして、長年不眠に悩んでいた若い男性。
 シエラのもとを訪れる客たちは、抱えている悩みこそ違っていても、みんなどこか日々の生活に疲れていた。

 そんな人たちの頭に触れ、その日の状態に合わせて丁寧にほぐしていく。
 どんな相手でも寝落ちさせることが、シエラの何よりの得意技だった。

 『こんなに眠れたの、久しぶりです』
 『あなたは、まさに“神の手”ですね……!』

 いつしかそう呼ばれるようになり、念願だった自分の店まで持つこともできた。
 けれどシエラが何より好きだったのは、疲れ切って訪れた人が、自分の手の下で安心して眠り、少しだけ明るい顔で帰っていく瞬間だった。

 (そうそう。『何をしても眠れない』なんて言われるほど、燃えたのよね)

 懐かしさに頬が緩んだ、その時だった。
 記憶の続きを辿ろうとした途端、胸の奥へひやりと冷たいものが落ちる。

 店のことも、客たちのことも覚えている。施術をしていた時の指先の感覚だって、今も鮮明に残っているのに。

 (私……どうして死んだんだっけ)

 そこだけは、濃い霧に覆われたように思い出せない。

 ざわりと嫌な感覚が広がり、シエラはわずかに眉を寄せる。
 それでも、今は思い出せないものを無理に追いかけても仕方がない。
 目の前には、眠れずに苦しんでいる人がいるのだから。

 (世界が変わっても、やることは同じよね)

 シエラは改めてテオドアへ向き直ると、黒髪の上へそっと両手を伸ばした。

 「では、失礼しますね」

 そして指先が頭皮へ触れた、その瞬間――シエラは思わず目を見開いた。

 (――かたっ……!)

 硬い、などという言葉では足りない。
 指の腹で頭皮を動かそうとしても、ほとんど動かない。
 こめかみも、耳の後ろから首へ続く筋も、どこに触れてもひどく強張っている。

 まるで、石にでも触れているようだった。

 (こんなの……前世でも触ったことない)

 これまで不眠や慢性的な疲労に悩む客を、それこそ何人も担当してきた。
 頭皮が硬い人も、首や肩がひどく凝り固まっている人も珍しくなかった。
 それでも、ここまでの状態は記憶にない。

 (間違いなく、過去一だわ……!)

 それでも、触れているうちに前世の感覚が鮮やかに蘇ってくる。

 (つまり……腕が鳴る!)

 気づけば、シエラの口元には小さな笑みが浮かんでいた。