神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 それからしばらくして、医師にも改めて診てもらったが、身体には大きな異常はなかった。
 まだ無理は禁物だと言われたものの、三日ぶりに目を覚ましたにしては状態もよく、少し歩く程度なら問題ないらしい。

 「だったら、みんなにも顔を見せたいです」

 シエラがそう言うと、テオドアは一度は渋い顔をしたものの、結局は折れてくれた。

 とはいえ、さすがに普段通りの支度をするわけにはいかない。
 寝間着の上から柔らかなガウンを羽織り、髪も簡単に整えるだけにして、シエラはテオドアに付き添われながら部屋を出た。

 久しぶりに歩く廊下は、どこか不思議な感じがした。
 たった三日しか経っていないはずなのに、長い夢から戻ってきたような感覚が残っている。
 やがて大階段の上まで来たところで、下の玄関ホールにいたマリーが真っ先にこちらへ気づいた。

 「……奥様?」

 ぽつりと零れた声に、周囲にいた使用人たちも次々と顔を上げる。
 一瞬、誰も動かなかった。
 けれど次の瞬間、マリーの表情がくしゃりと崩れる。

 「奥様……!」

 駆け寄ってくる声をきっかけに、止まっていた空気が一気に動き出した。

 「お目覚めになられたんですね!」
 「よかった……本当によかったです!」
 「もうお加減は大丈夫なのですか?」

 安堵した声が次々と重なり、あっという間に階段の下が賑やかになる。
 シエラは驚きながらも、一段ずつゆっくりと階段を下りていった。
 そのすぐそばには、万が一にも足を滑らせないよう、テオドアがぴたりと付き添っている。

 「奥様……本当に、本当によかったです……!」

 下まで降りるなり、マリーが目に涙を浮かべながらそう言った。

 「心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫よ」

 シエラが笑うと、マリーは何度も頷きながら目元を拭う。
 その向こうから、聞き慣れた穏やかな声がした。

 「奥様」

 庭仕事の途中だったのだろう。
 ハロルドが少し離れた場所に立ち、いつものように片足を庇いながらこちらを見ていた。

 「ハロルドさん」
 「また奥様にお見せしたい花があるんですよ。ずいぶん綺麗に咲きましてね」
 「本当ですか?」
 「ええ。元気になられたら、ぜひ見に来てください」
 「楽しみにしています」

 そう答えると、ハロルドの顔にもほっとしたような笑みが浮かんだ。
 周囲からは、ほかにも次々と声がかかる。
 厨房の者は「食べられそうなものを何でも作ります」と言い、侍女たちは「必要なものがあればすぐに呼んでください」と口々に告げてくる。

 そのひとつひとつを聞きながら、シエラはゆっくりと周囲を見渡した。
 この屋敷へやって来たばかりの頃のことを思い出す。

 望んで嫁いできたわけではなかった。ここでも、自分は必要とされないのだと思っていた。
 けれど今、目の前には、自分が戻ってきたことを心から喜んでくれる人たちがいる。
 
 (ここはもう……私の家なんだ)

 その時、少し離れたところから見守っていたアルバが一歩前へ出た。
 いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、深く頭を下げる。

 「お帰りなさいませ、奥様」

 その言葉に、シエラは一瞬だけ目を見開いた。
 そしてすぐに、ふわりと笑う。

 「……はい。ただいま戻りました」