神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 「違う……そんなの、違うわ……!」

 けれど、シエラはそれ以上何も言わなかった。
 もう、分かってもらう必要はない。

 兵たちが三人を連れていく。
 アルベルトは青ざめた顔で何も言わず、ベアトリスもまたエリザのそばを離れようとしない。
 三人が大広間の扉へ差しかかった、その時。

 「お姉様は、私より幸せになっちゃいけないのよ!」

 エリザの叫びとともに、扉が閉じた。
 騒がしかった声が途切れ、大広間へ静けさが戻る。
 
 シエラはしばらく、閉ざされた扉を見つめていた。
 もう、誰かの言葉で自分の価値が決まることはない。

 (私が決めるんだ)

 これからどう生きるのかも。
 誰と共に歩いていくのかも。

 シエラはゆっくりと息を吐き、隣にいるテオドアへ顔を向けた。

 「旦那様――」

 その時だった。
 テオドアの膝から、突然力が抜ける。

 「……っ」

 がくりと身体が傾き、その場へ片膝をついた。

 「旦那様!」

 シエラもすぐに傍らへ膝をつき、倒れ込まないよう肩を支える。

 「大丈夫ですか!?」
 「……大丈夫だ」
 「どこがですか……!」

 近くで見れば見るほど、到底そうは思えなかった。
 顔色は青ざめ、額には冷たい汗が浮かんでいる。呼吸も浅い。

 「……無茶、しすぎですよ」

 責めるように言ったつもりなのに、声は震えていた。
 テオドアは何も答えず、ただゆっくりと片手を伸ばす。
 その指先が、そっとシエラの頬へ触れた。
 まるで、本当にここへ戻ってきたのだと、もう一度確かめるように。

 「……君が無事なら、それでいいんだ」

 その一言で、目の奥が熱くなる。

 「……だめです」
 「……?」

 シエラはテオドアの肩を支えたまま、そっと顔を寄せる。
 こつん、と額と額が触れた。

 「私たちは、夫婦なんですから」

 紫の瞳が、わずかに見開かれる。

 「これからもずっと、隣にいてくれなきゃ困ります」

 テオドアはしばらく何も言わず、驚いたようにシエラを見つめていた。
 やがて、疲れ切ったその顔に、ほんのわずかな笑みが浮かぶ。

 「……そうだな」

 シエラも涙を滲ませたまま、小さく笑った。
 二人とも、もう立ち上がる力さえ残っていなかった。
 それでも、床に膝をついたまま額を寄せ合い、笑い合った。