神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~

 「話は後だ! 今は封印を優先する!」

 再び、いくつもの詠唱が大広間へ重なり始める。
 テオドアも片手を上げ、その指先へ紫色の光を集めかけた。

 「お前は動くな!」

 グランツの怒声に、テオドアの手が止まる。

 「自分が今どんな状態か分かっているだろう。こちらは我々に任せろ!」

 それでもテオドアは鏡から目を逸らさなかった。
 シエラは、そんな彼の袖をそっと掴む。

 「……お願いします」
 「シエラ」
 「今度は、ちゃんと人を頼ってください」

 テオドアはしばらくシエラを見つめたあと、上げかけていた手をゆっくりと下ろした。

 「……分かった」

 シエラは小さく息をつく。
 その間にも宮廷魔術師たちの術式が次々と形を成していく。
 しかし、内部で暴れる黒い魔力が激しくぶつかり、その一角が大きく揺らいだ。

 「っ……持ちません!」
 「踏ん張れ!」

 その時、テオドアの指先がわずかに動いた。
 一筋の紫色の光が伸び、崩れかけた術式の一角を静かに支える。

 「……お前」

 グランツが横目で睨む。

 「これだけです」
 「まったく……!」

 呆れたように吐き捨てながらも、グランツはすぐに鏡へ向き直った。

 「今だ! 封鎖しろ!」
 「――封鎖!」

 眩い光が一斉に鏡を包み込む。
 黒い魔力は最後の抵抗をするように大きく膨れ上がったが――。

 ぱきん、と乾いた音が響いた。
 次の瞬間、溢れていた闇がすべて鏡の中へ吸い込まれていく。
 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、大広間へ静寂が落ちた。

 「……封印完了だ」

 グランツの言葉とともに、あちこちから安堵の息が漏れる。
 シエラも胸元へ手を当て、ようやく息を吐いた。

 今度こそ、本当に終わった。
 そう思った矢先、少し離れた場所から掠れた声が聞こえた。

 「これは……」

 アルベルトはその場に膝をついたまま、妻と娘、そして封印された鏡を呆然と見比べている。
 グランツは慎重に鏡へ近づき、裏側へ目を向けた。

 「対象を指定するための媒介があるはずだ」

 装飾へ紛れるようについた小さな蓋へ指をかける。
 かちり、と音がして蓋が開くと、中から数本の亜麻色の髪がはらりと床へ落ちた。

 「……!」

 シエラは息を呑む。

 「私の……髪」

 夜会の最中、突然髪へ手を伸ばしてきたベアトリス。
 指輪へ絡んだ髪と、引き抜かれた時の小さな痛みが蘇った。
 シエラはゆっくりと顔を上げる。

 「……お義母様」
 
 ベアトリスの身体が、分かりやすく強張った。