今夜も執事は、お嬢様を手放さない

「碧って、たまにずるい」

「たまにではありません」

「自分で言うんだ……」

「お嬢様に対しては、ときどき必要ですので」

 何が必要なのかはわからない。けれどその声音がやさしいから、ことははそれ以上言えなくなる。

 食堂に着くと、すでに朝食が用意されていた。白いクロスのかかった長いテーブルに、見た目も美しい料理が整然と並んでいる。ことはは自分の席につき、ふんわり焼かれた卵料理に目を輝かせた。

「おいしそう……!」

「本日の料理長は、特にお嬢様のお好みに合わせたようですよ」

「ほんと? うれしい」

 ことはが嬉しそうに笑うと、少し離れた場所に控えていた使用人たちまでほっとした顔になる。姫宮家の人間はみな、ことはに甘い。もちろん一番甘いのは、たぶん碧だけれど。

 食事の途中、ことははふと思い出したように口を開いた。

「そういえば碧、今日のお迎えはいつもの時間?」

「はい。その予定でございます」

「よかった」

「何かございましたか」

「えっとね、放課後にちょっと図書室行きたくて。新しい本、入ったんだって」

「では、お迎えの時間を三十分ほど遅らせましょう」

「いいの?」

「お嬢様のご希望ですので」

 すぐにそう返されて、ことはは嬉しくなる。

「ありがとう、碧」

 素直に笑いかけた、そのときだった。

 碧の表情が一瞬だけ止まる。

 ほんの一瞬。けれど確かに、空気が変わった気がした。