今夜も執事は、お嬢様を手放さない

何気なくそう聞いた途端、碧の手がぴたりと止まった。

 ことはは不思議に思って顔を上げる。すると、碧は静かに微笑んだ。

「まさか」

 たった一言なのに、その声音は妙にやさしくて、ことはの胸が小さく跳ねる。

「お嬢様へのそれは、業務の範囲を少々超えております」

「えっ」

「ですから、あまり無防備にそのようなことをお尋ねにならないでください」

「え、えっと……?」

「いえ。おわかりにならなくて結構です」

 にこやかに言いながら、碧はことはの額にかかった髪をそっと払った。長い指先が触れた場所が、なぜか少しだけ熱い。

「さあ、お着替えをなさいませ」

「う、うん……」

 ことはは言われるままベッドを下りる。ふわりと広がるネグリジェの裾を踏みそうになって、また身体がぐらついた。

 その瞬間、すぐ後ろにいた碧の腕が腰を支える。

「ですから、危のうございますと申し上げたでしょう」

「ご、ごめん……」

「謝る必要はございません。お嬢様を支えるのが私の役目ですから」

 耳元で落ちる低い声に、ことはは少しだけ頬を染めた。近い。今日はなんだかいつもより、碧が近い気がする。

 けれど当の本人は平然とした顔で、ことはを鏡台の前まで連れていく。

「本日は淡い水色のリボンになさいますか。それとも白になさいますか」

「んー……白がいいかも」

「かしこまりました」

 碧は後ろに立つと、慣れた手つきでことはの髪を梳かしはじめた。