「シャッター押しますよ」
「お願いします」
スタッフの男性に声をかけられ、私は自分のスマートフォンを手渡す。
振り返って顔を上げた瞬間、驚きのあまり目を見開いた。
「優里」
いっくんが優しく私の名を呼ぶ。
その手には抱えきれないほどたくさんの真っ赤なバラの花束を持っていた。
「君に伝えたいことがあるんだ。五歳のゆりちゃんへ。僕と出会ってくれてありがとう。暗い毎日に明るい光を届けてくれる君の笑顔に、あの頃の僕はどれだけ救われたかわからない。黙っていなくなってしまって本当にごめん。だけど君と過ごした宝物のような思い出は、いつまでも僕の心を支えてくれました。もう二度と会えなくてもずっとずっと感謝し続けて、幼い君の真っ直ぐな瞳に恥じないように生きていこうと決めました」
私は声もなく涙を溢れさせる。
いっくんはそんな私に微笑んで言葉を続けた。
「十五歳の三嶋優里さんへ。君が僕の勤める高校に入学してきたとわかって、驚くと同時に信じられないほど嬉しかった。君は大きく成長し、だけどきれいな澄んだ瞳はあの頃のままで、明るく輝く笑顔に心から安堵しました。君は僕のことなんて覚えていないだろう。もし覚えていたとしても、突然いなくなった身勝手なやつだと。それにもう僕と君は全く別の人生を歩んでいる。交わることなんてないし、許されない。そう思って、敢えて君から目を逸らそうとしました。本当は時々、こっそりと目で追ってしまっていたのは謝ります。それくらいは許してほしいと、勝手ながら思ってしまいました」
私は小さく首を横に振る。
いっくんは少し苦笑いを浮かべてから視線を落とし、真剣な表情で再び私を見つめた。
「今、僕の目の前にいる優里へ。ありがとう。どんなに言葉を尽くしても伝え切れないほど、感謝の気持ちでいっぱいです。幼い頃、僕を救ってくれてありがとう。明るく元気な高校生の姿を見せてくれてありがとう。そしてもう一度……、僕を思い出してくれて本当にありがとう。恨まれても仕方なかったのに、あの頃と同じ眼差しで『いっくん』と呼んでくれてありがとう。君がそばにいてくれることが、どんなに僕を幸せにしてくれているか。歳の差はあるし、君は特別にきれいな女性だし、僕は三十路と呼ばれる名字だし、色々なことを懸念して躊躇しました。だけどもう二度と後悔したくない。絶対に君を手放したりしない。だから優里、僕と結婚してください」
遂に堪え切れなくなり、私は大粒の涙をポロポロとこぼした。
「いっくん、私……」
しゃくり上げながら、懸命に言葉を紡ぐ。
「五歳の頃からずっとあなたが好きでした。私を子ども扱いせず、視線を合わせて真っ直ぐ語りかけてくれるあなたは、私の中でとても大きな存在でした。光年も離れた星の名前、私たちが出会えた奇跡、大切なことをたくさん私に教えてくれました。頭をなでて笑いかけてくれたあなたの優しさと温かさは、幼かった私の心に深く刻み込まれました。突然会えなくなってしまって、悲しくて寂しくて、でも心の中のあなたまではいなくならなかった。ずっとずっと私の心の支えであり、私を導いてくれる星であり続けてくれました。だから私は教師になろうと思えたの。あなたのように、真っ直ぐに子どもたちに大切なことを伝えられる大人になりたかったから。ごめんなさい、あの時はあなたのことを二十代の大人だと思ってたの。まさか高校生だったなんて」
思わず二人で苦笑いする。
「でも今はそのことが嬉しい。だってあなたと十二歳しか違わない。干支も一緒よ。うんと年上だったら、百二十歳くらいまで生きてって言わなきゃいけなかったけど、十二歳違いなら大丈夫。私たち、これから何十年と同じ時間を過ごせるね。それにあなたは自分が思うより遥かにかっこいいよ。私の方が、誰かにあなたを取られそうで心配なくらい。あとは、何? あ、三十路? それはまあ、今は気になるけど五十歳になったら嬉しいわ。私は三十路よって言えるから。それに本当は三十木でしょ? みそぎって、水で心身を清める神道の浄化儀礼のことよね?とっても神聖で崇高な名字じゃない。恥じる方がどうかしてるわ。というわけで、えっと、長くなっちゃったけど、つまり」
私は頬の涙を指先で拭ってから、両手を広げていっくんの胸の中に飛び込んだ。
五歳の頃と同じ満面の笑みで、「いっくん!」と。
抱き留めてくれたいっくんを、あの頃と同じように真っ直ぐに見上げる。
「いっくん、大好き!」
いっくんは嬉しそうに目を細めて私の頭をなでてくれた。
あの頃と同じ温かさで。
「私、いっくんのお嫁さんになりたい」
「ああ、お嫁においで。五歳のゆりちゃんも、十五歳の三嶋さんも、二十三歳の優里も、全部全部僕のところへ」
「うん! もう二度と離さないでね」
「もちろん」
いっくんは私にバラの花束を手渡すと、ひざまずいてリングケースを開けてみせた。
キラリと輝くダイヤモンドの指輪に、私は思わず息を呑む。
「僕と優里を繋ぐ愛の証に」
そう言って私の左手を取り、薬指にそっと指輪をはめてくれた。
「きれい……。私を見失ったらこの指輪を目印にしてね」
「優里を見失ったりするもんか。こんなにも美しくて眩しいくらいに輝いてるのに」
「いっくん、随分お世辞が上手になったね」
「本当のことを述べたまでだ」
どこまでも真面目ないっくんにふふっと笑い、私は背伸びをしてチュッとその唇にキスをした。
目を見開いて真っ赤になるいっくんをからかうように笑っていると、いっくんがグッと私の肩を抱き寄せる。
そして何年分もの想いを込めるように、私に深く口づけた。
胸がキュッと切なさで痛み、じわりと温かさが込み上げる。
目を閉じると、小さかった頃の私がいっくんと笑顔で見つめ合う姿が思い浮かんだ。
(よかったね、小さな私。運命の人にちゃんとめぐり会えたよ)
ひと筋の涙が頬を伝って落ちる。
それは紛れもなく幸せの涙だった。
「お願いします」
スタッフの男性に声をかけられ、私は自分のスマートフォンを手渡す。
振り返って顔を上げた瞬間、驚きのあまり目を見開いた。
「優里」
いっくんが優しく私の名を呼ぶ。
その手には抱えきれないほどたくさんの真っ赤なバラの花束を持っていた。
「君に伝えたいことがあるんだ。五歳のゆりちゃんへ。僕と出会ってくれてありがとう。暗い毎日に明るい光を届けてくれる君の笑顔に、あの頃の僕はどれだけ救われたかわからない。黙っていなくなってしまって本当にごめん。だけど君と過ごした宝物のような思い出は、いつまでも僕の心を支えてくれました。もう二度と会えなくてもずっとずっと感謝し続けて、幼い君の真っ直ぐな瞳に恥じないように生きていこうと決めました」
私は声もなく涙を溢れさせる。
いっくんはそんな私に微笑んで言葉を続けた。
「十五歳の三嶋優里さんへ。君が僕の勤める高校に入学してきたとわかって、驚くと同時に信じられないほど嬉しかった。君は大きく成長し、だけどきれいな澄んだ瞳はあの頃のままで、明るく輝く笑顔に心から安堵しました。君は僕のことなんて覚えていないだろう。もし覚えていたとしても、突然いなくなった身勝手なやつだと。それにもう僕と君は全く別の人生を歩んでいる。交わることなんてないし、許されない。そう思って、敢えて君から目を逸らそうとしました。本当は時々、こっそりと目で追ってしまっていたのは謝ります。それくらいは許してほしいと、勝手ながら思ってしまいました」
私は小さく首を横に振る。
いっくんは少し苦笑いを浮かべてから視線を落とし、真剣な表情で再び私を見つめた。
「今、僕の目の前にいる優里へ。ありがとう。どんなに言葉を尽くしても伝え切れないほど、感謝の気持ちでいっぱいです。幼い頃、僕を救ってくれてありがとう。明るく元気な高校生の姿を見せてくれてありがとう。そしてもう一度……、僕を思い出してくれて本当にありがとう。恨まれても仕方なかったのに、あの頃と同じ眼差しで『いっくん』と呼んでくれてありがとう。君がそばにいてくれることが、どんなに僕を幸せにしてくれているか。歳の差はあるし、君は特別にきれいな女性だし、僕は三十路と呼ばれる名字だし、色々なことを懸念して躊躇しました。だけどもう二度と後悔したくない。絶対に君を手放したりしない。だから優里、僕と結婚してください」
遂に堪え切れなくなり、私は大粒の涙をポロポロとこぼした。
「いっくん、私……」
しゃくり上げながら、懸命に言葉を紡ぐ。
「五歳の頃からずっとあなたが好きでした。私を子ども扱いせず、視線を合わせて真っ直ぐ語りかけてくれるあなたは、私の中でとても大きな存在でした。光年も離れた星の名前、私たちが出会えた奇跡、大切なことをたくさん私に教えてくれました。頭をなでて笑いかけてくれたあなたの優しさと温かさは、幼かった私の心に深く刻み込まれました。突然会えなくなってしまって、悲しくて寂しくて、でも心の中のあなたまではいなくならなかった。ずっとずっと私の心の支えであり、私を導いてくれる星であり続けてくれました。だから私は教師になろうと思えたの。あなたのように、真っ直ぐに子どもたちに大切なことを伝えられる大人になりたかったから。ごめんなさい、あの時はあなたのことを二十代の大人だと思ってたの。まさか高校生だったなんて」
思わず二人で苦笑いする。
「でも今はそのことが嬉しい。だってあなたと十二歳しか違わない。干支も一緒よ。うんと年上だったら、百二十歳くらいまで生きてって言わなきゃいけなかったけど、十二歳違いなら大丈夫。私たち、これから何十年と同じ時間を過ごせるね。それにあなたは自分が思うより遥かにかっこいいよ。私の方が、誰かにあなたを取られそうで心配なくらい。あとは、何? あ、三十路? それはまあ、今は気になるけど五十歳になったら嬉しいわ。私は三十路よって言えるから。それに本当は三十木でしょ? みそぎって、水で心身を清める神道の浄化儀礼のことよね?とっても神聖で崇高な名字じゃない。恥じる方がどうかしてるわ。というわけで、えっと、長くなっちゃったけど、つまり」
私は頬の涙を指先で拭ってから、両手を広げていっくんの胸の中に飛び込んだ。
五歳の頃と同じ満面の笑みで、「いっくん!」と。
抱き留めてくれたいっくんを、あの頃と同じように真っ直ぐに見上げる。
「いっくん、大好き!」
いっくんは嬉しそうに目を細めて私の頭をなでてくれた。
あの頃と同じ温かさで。
「私、いっくんのお嫁さんになりたい」
「ああ、お嫁においで。五歳のゆりちゃんも、十五歳の三嶋さんも、二十三歳の優里も、全部全部僕のところへ」
「うん! もう二度と離さないでね」
「もちろん」
いっくんは私にバラの花束を手渡すと、ひざまずいてリングケースを開けてみせた。
キラリと輝くダイヤモンドの指輪に、私は思わず息を呑む。
「僕と優里を繋ぐ愛の証に」
そう言って私の左手を取り、薬指にそっと指輪をはめてくれた。
「きれい……。私を見失ったらこの指輪を目印にしてね」
「優里を見失ったりするもんか。こんなにも美しくて眩しいくらいに輝いてるのに」
「いっくん、随分お世辞が上手になったね」
「本当のことを述べたまでだ」
どこまでも真面目ないっくんにふふっと笑い、私は背伸びをしてチュッとその唇にキスをした。
目を見開いて真っ赤になるいっくんをからかうように笑っていると、いっくんがグッと私の肩を抱き寄せる。
そして何年分もの想いを込めるように、私に深く口づけた。
胸がキュッと切なさで痛み、じわりと温かさが込み上げる。
目を閉じると、小さかった頃の私がいっくんと笑顔で見つめ合う姿が思い浮かんだ。
(よかったね、小さな私。運命の人にちゃんとめぐり会えたよ)
ひと筋の涙が頬を伝って落ちる。
それは紛れもなく幸せの涙だった。



