車に乗ると、いっくんは大きな道路ではなく住宅街をくねくねと進んで行く。
「ねえ、いっくん。どこに行くの?」
「ん? 今夜はどこも混んでるから、ちょっと穴場に行こうかと思って」
「そうなんだ。どんなところだろう、楽しみ」
窓の外を見つめていると、徐々に上り坂になり、小高い丘の上まで来たところでいっくんは車を停めた。
「着いたよ」
「ここ?」
私は窓の向こうに目を凝らす。
辺りは真っ暗で、ポツンと美術館のような建物が浮かび上がっているだけだった。
いっくんは運転席を降りると助手席のドアを開け、私に手を差し伸べる。
「ありがとう」
いっくんの手を借りて立ち上がると、いっくんはもう片方の手で優しく私のウエストを抱き寄せた。
そんなスマートな扱いをしてもらうのは初めてで、私は胸がドキドキする。
いっくんは私をモダンなその建物までエスコートしてくれた。
「三十木さま、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
ドアの外で待っていた黒いスーツのスタッフがうやうやしく頭を下げる。
「こんばんは。今夜はありがとうございます」
「とんでもない。またお目にかかれて大変光栄に存じます。さあ、どうぞ中へ」
私が首を傾げながら見上げると、いっくんは優しく笑って頷いた。
「行こうか」
「はい」
案内されたのは天井が高く広々とした、まるで邸宅のような空間だった。
シーリングライトが小さな星々のように煌めき、ガラスの窓からは夜空が眺められる。
「なんてきれいなの。いっくん、ここは?」
「会員制のグランメゾンなんだ。本当はいち教師の肩書では入れないんだけど、昔父親に連れられて来ていたから思い切って連絡してみた。そうしたら喜んでお待ちしていますと言ってくれてね」
「そうなのね、本当にすてきなところ」
正面には豪華な生花が飾られ、壁際には暖炉、奥にはグランドピアノも見える。
そして中央に天井まで届きそうなほど大きなクリスマスツリーが飾られていた。
「いっくん、見て! これ、本物のモミの木じゃない?」
「ああ、そうだね。見たいって言ってたでしょ? クリスマスツリー」
「うん。でもまさかこんなにゴージャスなツリーを見られるなんて。木のいい香りがするね」
テーブルクロスがピンと張られ、キャンドルが灯る席に着いてからも、私は辺りを見渡して感嘆のため息をついていた。
「アルコールは何にする?」
いっくんに訊かれて私は首を振る。
「ノンアルコールのカクテルがいいです。お任せで」
「わかった。料理はコースで頼んであるんだけど、いいかな?」
「もちろん」
スタッフと言葉を交わすいつにも増してかっこいいいっくんを、私は夢見心地で見つめる。
あんなにも会いたかったいっくんと、クリスマスイブにこんなすてきな場所で向かい合っているなんて信じられない。
スタッフが一礼して去って行くと、いっくんは私を見て「ん?」と首を傾げた。
「どうかした?」
「あの、もう私、お腹がいっぱいで……」
いっくんはキョトンとしてからおかしそうに笑う。
「まだ何も食べてないのに? それは困るな」
「あっ、間違えた。胸がいっぱいなの。お腹はぺこぺこ」
「それならよかった」
程なくして運ばれてきたのは、ブルーのグラデーションに星のようなアラザンシュガーがちりばめられたカクテル。
私は目を輝かせてその美しさに魅入った。
「乾杯しよう」
「うん」
二人で「メリークリスマス」とグラスを掲げた。
アミューズに始まり、オードブル、スープ、ポワソンとどれも味わったことがないほど美味しく、お口直しのソルベのあとにステーキが運ばれてきた。
「松坂牛のシャトーブリアンでこざいます」
途端に私は息を呑む。
「こ、これが! いっくんが目をつぶってても言い当てられるという、最高級の松坂牛。なんて美しい……」
いっくんはまたしても笑い出した。
「食レポ上手だね。ほら、冷めないうちにいただこう」
「はい」
そっとナイフを入れると、驚くほど軽くスッと切れる。
ドキドキしながら口に運んだ瞬間、ジュワッと広がる美味しさに思わず目を閉じた。
(はあ、なんて上品な味わいと深いコク。これがお肉だなんて。私が今まで食べていたのは何だったの? ああ、もう溶けてなくなっちゃった)
うっとりと余韻に浸っていると、いっくんがクスッと笑みをもらす。
「ねえ、今は格付け大会じゃないから、目を開けててもいいんだよ?」
「だって自然に閉じちゃうんだもん。本当に美味しいものを食べてる時って、美味しいなんて言えないのね。ただ黙って目を閉じて、その幸せに浸ってしまうの」
「ははは! なんか名言飛び出したな」
笑顔のいっくんに、私はまたしても夢を見ているような気分になった。
デザートのクリスマスケーキと紅茶を味わいながら、改めていっくんにお礼を言う。
「いっくん、今夜は本当にありがとう。とってもすてきなクリスマスイブになりました」
「こちらこそ」
「ささやかなんだけど、これ。クリスマスプレゼントです」
そう言って私は、カシミヤのマフラーを差し出した。
「暖かそうだね、ありがとう。早速今年の冬に使わせてもらうよ」
「うん。来年になったらもうちょっと貯金が貯まるから、もう少し豪華なプレゼントにするね」
「とんでもない。初めて君からもらうプレゼントが何よりも嬉しいよ。ありがとう」
にっこりと笑いかけられ、私も笑顔で頷く。
「そうだ、クリスマスツリーの前で写真撮ろうか」
「あ、いいね」
初めて二人で過ごすクリスマスイブに本物のモミの木の前で写真を撮れるなんて、と私は笑みを浮かべながらいっくんに手を引かれた。
「ねえ、いっくん。どこに行くの?」
「ん? 今夜はどこも混んでるから、ちょっと穴場に行こうかと思って」
「そうなんだ。どんなところだろう、楽しみ」
窓の外を見つめていると、徐々に上り坂になり、小高い丘の上まで来たところでいっくんは車を停めた。
「着いたよ」
「ここ?」
私は窓の向こうに目を凝らす。
辺りは真っ暗で、ポツンと美術館のような建物が浮かび上がっているだけだった。
いっくんは運転席を降りると助手席のドアを開け、私に手を差し伸べる。
「ありがとう」
いっくんの手を借りて立ち上がると、いっくんはもう片方の手で優しく私のウエストを抱き寄せた。
そんなスマートな扱いをしてもらうのは初めてで、私は胸がドキドキする。
いっくんは私をモダンなその建物までエスコートしてくれた。
「三十木さま、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
ドアの外で待っていた黒いスーツのスタッフがうやうやしく頭を下げる。
「こんばんは。今夜はありがとうございます」
「とんでもない。またお目にかかれて大変光栄に存じます。さあ、どうぞ中へ」
私が首を傾げながら見上げると、いっくんは優しく笑って頷いた。
「行こうか」
「はい」
案内されたのは天井が高く広々とした、まるで邸宅のような空間だった。
シーリングライトが小さな星々のように煌めき、ガラスの窓からは夜空が眺められる。
「なんてきれいなの。いっくん、ここは?」
「会員制のグランメゾンなんだ。本当はいち教師の肩書では入れないんだけど、昔父親に連れられて来ていたから思い切って連絡してみた。そうしたら喜んでお待ちしていますと言ってくれてね」
「そうなのね、本当にすてきなところ」
正面には豪華な生花が飾られ、壁際には暖炉、奥にはグランドピアノも見える。
そして中央に天井まで届きそうなほど大きなクリスマスツリーが飾られていた。
「いっくん、見て! これ、本物のモミの木じゃない?」
「ああ、そうだね。見たいって言ってたでしょ? クリスマスツリー」
「うん。でもまさかこんなにゴージャスなツリーを見られるなんて。木のいい香りがするね」
テーブルクロスがピンと張られ、キャンドルが灯る席に着いてからも、私は辺りを見渡して感嘆のため息をついていた。
「アルコールは何にする?」
いっくんに訊かれて私は首を振る。
「ノンアルコールのカクテルがいいです。お任せで」
「わかった。料理はコースで頼んであるんだけど、いいかな?」
「もちろん」
スタッフと言葉を交わすいつにも増してかっこいいいっくんを、私は夢見心地で見つめる。
あんなにも会いたかったいっくんと、クリスマスイブにこんなすてきな場所で向かい合っているなんて信じられない。
スタッフが一礼して去って行くと、いっくんは私を見て「ん?」と首を傾げた。
「どうかした?」
「あの、もう私、お腹がいっぱいで……」
いっくんはキョトンとしてからおかしそうに笑う。
「まだ何も食べてないのに? それは困るな」
「あっ、間違えた。胸がいっぱいなの。お腹はぺこぺこ」
「それならよかった」
程なくして運ばれてきたのは、ブルーのグラデーションに星のようなアラザンシュガーがちりばめられたカクテル。
私は目を輝かせてその美しさに魅入った。
「乾杯しよう」
「うん」
二人で「メリークリスマス」とグラスを掲げた。
アミューズに始まり、オードブル、スープ、ポワソンとどれも味わったことがないほど美味しく、お口直しのソルベのあとにステーキが運ばれてきた。
「松坂牛のシャトーブリアンでこざいます」
途端に私は息を呑む。
「こ、これが! いっくんが目をつぶってても言い当てられるという、最高級の松坂牛。なんて美しい……」
いっくんはまたしても笑い出した。
「食レポ上手だね。ほら、冷めないうちにいただこう」
「はい」
そっとナイフを入れると、驚くほど軽くスッと切れる。
ドキドキしながら口に運んだ瞬間、ジュワッと広がる美味しさに思わず目を閉じた。
(はあ、なんて上品な味わいと深いコク。これがお肉だなんて。私が今まで食べていたのは何だったの? ああ、もう溶けてなくなっちゃった)
うっとりと余韻に浸っていると、いっくんがクスッと笑みをもらす。
「ねえ、今は格付け大会じゃないから、目を開けててもいいんだよ?」
「だって自然に閉じちゃうんだもん。本当に美味しいものを食べてる時って、美味しいなんて言えないのね。ただ黙って目を閉じて、その幸せに浸ってしまうの」
「ははは! なんか名言飛び出したな」
笑顔のいっくんに、私はまたしても夢を見ているような気分になった。
デザートのクリスマスケーキと紅茶を味わいながら、改めていっくんにお礼を言う。
「いっくん、今夜は本当にありがとう。とってもすてきなクリスマスイブになりました」
「こちらこそ」
「ささやかなんだけど、これ。クリスマスプレゼントです」
そう言って私は、カシミヤのマフラーを差し出した。
「暖かそうだね、ありがとう。早速今年の冬に使わせてもらうよ」
「うん。来年になったらもうちょっと貯金が貯まるから、もう少し豪華なプレゼントにするね」
「とんでもない。初めて君からもらうプレゼントが何よりも嬉しいよ。ありがとう」
にっこりと笑いかけられ、私も笑顔で頷く。
「そうだ、クリスマスツリーの前で写真撮ろうか」
「あ、いいね」
初めて二人で過ごすクリスマスイブに本物のモミの木の前で写真を撮れるなんて、と私は笑みを浮かべながらいっくんに手を引かれた。



