私の運命の人

「あっ、来た来た。三嶋せんせーい、こっちこっち!」

待ち合わせした居酒屋で瀬川先生に手招きされ、私はひえっと首をすくめる。

「お待たせしました。あの、瀬川先生。私のことを先生呼びはちょっと……」
「どうして? 立派な先生じゃない」
「でもまだまだ半人前なので」
「何言ってるの! 生徒の前でそんなこと言える?」
「うっ、言えません」
「でしょ? 私がこの生徒たちの担任じゃー! って、胸を張らなきゃだめよ?」

はい、と私は神妙に頷いた。

「あっ、三十木先生も来た。こっちでーす!」

瀬川先生が入口の方を見て手を挙げる。

「お待たせしました」

近づいて来た三十木先生は、時が止まったのかと思うほど記憶の中の先生そのままだった。
黒髪と眼鏡、ノーカラージャケットのモノトーンの私服姿で背が高くスラリとしている。

(三十路ちょうどのままみたい。今いくつなんだろう?)

そんなことを考えていると、テーブルに着いた先生は交互に私たちを見た。

「お久しぶりです、瀬川先生、三嶋先生」
「いえ、あの」

やっぱり私は先生と呼ばれることにドギマギしてしまう。

「まだまだ未熟者ですが、日々奮闘しております。少しでも早く三十木先生や瀬川先生のように頼られる教師になりたいと思っています」
「そうですか」

三十木先生は淡々と答えた。

「では早速、再会を祝して乾杯しましょうか。教え子とお酒を飲めるなんて最高! かんぱーい!」

上機嫌な瀬川先生の音頭で、私と三十木先生も「乾杯」とビールのグラスを掲げた。

「三十木先生は今どちらに?」

運ばれて来た焼き鳥やお刺身などの一品料理を食べながら、私は訊いてみる。

「N高校です。引っ越しはしていないので、通勤に一時間以上かかるのがネックですが、ぼちぼちやってます。三嶋先生はどうですか? 生徒たちとも年齢が近いから、話が合うでしょう?」
「そんなことないですよ。十代の生徒たちはまさに青春の真っ只中で眩しいです」

すると三十木先生は、ふっと眼鏡の奥の目を細めた。

「あなたが高校生の時も、まさにそうでしたよ。笑顔がキラキラと輝いて見えました」

こんなふうに笑いかけられたのは初めてで、私は返す言葉に詰まる。
すると既にアルコールが回った様子の瀬川先生が身を乗り出した。

「三十木先生にも高校時代があったんですか?」
「それはありますよ。生まれた時から三十路だった訳ではありません」
「あはは! そうですよね。どんな高校生だったんですか?」
「今とさほど変わらないですよ」
「ふうん。卒業アルバム見せてほしいな。どこの高校を卒業されたんですか?」
「滋賀です」

滋賀!?と、私と瀬川先生は同時に驚きの声を上げた。

「滋賀県出身だったんですか? てっきり都内かと思ってました。全然なまってないですし」

うんうんと私も瀬川先生に同意する。

「都内に住むようになったのは大学生になってからなんですよ。あんまり都会人には見えないでしょう?」

訊かれて真顔で頷きそうになった。

「でも三十木先生はどこに行ってもいつの時代でも変わらなそうです。六十になっても三十路に見えそう」
「それは……喜んでいいのかな」

三十木先生は瀬川先生の言葉に苦笑いする。

「三十路を過ぎたら喜んでいいんじゃないですか? 若く見えるってことですから。でも三十路ですって名前を名乗っても、年齢を言ってると思われちゃいますね」

どうやら瀬川先生はかなり酔っているようだ。

「いや、瀬川先生。僕、名前は三十木です」
「そうですよね。三十木、ん? じ? 三十ぎ、じい?」
「三十木じいは酷いな」

ははっと三十木先生はおかしそうに笑う。

(知らなかった。三十木先生ってこんなふうに笑うんだ)

そう思っていると、瀬川先生のバッグの中からスマートフォンの着信音が聞こえてきた。

「瀬川先生、電話じゃないですか?」

私がそう言うと、先生は「んー?」とバッグに手を入れる。

「あっ、たあくんだ。もしもしー? うん、今可愛い後輩と三十じい先生と飲んでるよー。ん? 大丈夫ー、酔ってないから一人で帰れるー」

彼氏からだろうか?
酔ってないと言いつつ、呂律が回っていない。

「大丈夫だって、迎えに来なくても。本当? じゃあ待ってる。え、五分で着くの? わかったー」

電話を切ると瀬川先生は「すみません!」と両手を合わせた。

「彼が近くにいるらしく、どうしても迎えに行くって言うのでここで失礼しますね。えーっと、私の分のお金……」

お財布をゴソゴソ探す先生に、三十木先生が「大丈夫ですよ、お気になさらず」と言う。

「えっ、そんな。お言葉に甘えてよろしいのでしょうか?」
「もちろん。今夜は誘ってくださってありがとう。さあ、早く」
「ありがとうございます。では、ここで。三嶋先生、またね」

バッグを肩にかけて手を振る瀬川先生を、私も「はい、また」と笑顔で見送った。