私の運命の人

「初めまして、今日から教育実習生としてお世話になる三嶋優里と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

教育実習初日、私はほかの実習生と並んで緊張の面持ちで挨拶した。
職員室の先生方が温かく拍手してくれる。
私は瀬川先生の「どうしても三嶋さんを担当したい」という熱望のおかげで、瀬川先生について教わることになった。
ただ先生は現在三年生を受け持っていて、実習生が二週間授業を担当するのは避けたいとのこと。
そこで授業は一年生のクラスを、ホームルームは瀬川先生のクラスを担当する、というふうに融通を利かせてもらった。
同じ実習生として私以外に五人が来ており、うち二人は浪人生で一つ年上、あとの三人は私と同級生で面識もあった。
科目も国語、地理歴史、理科、数学二人、英語とそれぞれ見事に分かれている。

「えー、皆さん母校にようこそ戻って来てくれました。今の気持ちを忘れず、失敗を恐れず、全力で実習に励んでください。わずか二週間ですが、きっとあなた方の宝物のような二週間になると思います。いつでも我々を頼ってもらって構いません。がんばってください」

校長は私の時代とは代わっていたけれど、とてもいい先生だということはすぐに伝わってきた。
気持ちを引きしめて私たちは「はい」と返事をした。

懐かしい校舎を歩き、瀬川先生と三年一組の教室に向かう。
私はスーツの襟を整えて深呼吸してから教室に足を踏み入れた。

「はい、みんな。おはよう」

瀬川先生のその声を聞いた瞬間、私の心に高校時代の日々が蘇る。
自然と笑みが浮かんだ。

「皆さんお待ちかね、教育実習の先生を連れて来ました」

うえーい!と野太い男子の声と、わーい!という可愛い女子の声が二重奏のように響く。

「初めまして。今日から教育実習生としてこのクラスのホームルームを担当します、三嶋優里です。どうぞよろしくお願いします」

皆が一斉に拍手してくれ、ホッとしたのも束の間、矢継ぎ早に質問が飛んできた。

「先生、あだ名は何ですか?」
「将来を約束した人はいますか?」
「推しは誰ですか?」
「マッチョとインテリだとどっちが好みですか?」

え、あの……とタジタジになっていると、瀬川先生が「はーい、静かに」と声を張った。

「いきなりそんなこと訊いたらドン引きされますよ? そういうのは実習最終日に取っておきなさい」

はーい、と生徒たちは素直に引き下がる。
けれど(最終日ならその質問はしてもいいの?)と私はチラリと瀬川先生を横目でうかがった。

「とにかく、これから二週間、三嶋先生にドン引きされない程度に楽しくやっていきましょう。では早速三嶋先生、出欠からお願いします」
「はい」

私は姿勢を正して教壇の真ん中に立つ。

「皆さんの顔と名前を早く覚えたいので、一人一人呼ばせてください。青木蒼太くん」
「はい! サッカー部でキャプテンやってます」
「ありがとう、覚えておきます。井原弘樹くん」
「はい! 自分、鉄道オタクであります」
「なるほど、わかりました」

そんな具合に一人ずつコメントを言ってくれるものだから、私はすぐに覚えることができた。
休み時間になると、女子たちに囲まれる。

「優里先生、四年前に卒業したんですよね? 保管されてた卒業アルバム借りてきちゃった。みんなで見よー」
「ええ?」

戸惑う私をよそに女の子たちは盛り上がる。

「あ、優里先生いた」
「ほんとだ、可愛いー」
「彼氏はどの人ですか?」
「この人じゃない? かっこいい」

見るとそれは生徒会の集合写真で、指を差されていたのはなんと坂井くんだった。

「ねえ、優里先生。この人が彼氏?」
「ううん、違うよ」

私はしどろもどろになりながら首を振る。
嘘は言っていないけれど後ろめたい。

「本当に? お似合いだと思うけどなぁ」
「みんなこそ、クラスの誰かとつき合ってないの?」

話の矛先を変えると女の子たちは「えー!?」と一斉に身をよじった。

「まぁ、つき合ってたり狙ってる途中だったり、色々です」
「そうなんだ。青春だね」

懐かしい制服に身を包んだ女の子たちは可愛くて、私まで甘酸っぱい気持ちになった。

英語の授業の時は一年生の教室に行く。
家で何度も時間を計りながら授業のシミュレーションをしていたけれど、実際に生徒を指名して解いてもらうと、予想外の答えが返ってきた。
どうしてそういう考え方になったかを瞬時に判断し、的確な返事をするのはなかなか難しい。
授業が終われば必ず振り返りを行い、瀬川先生にもアドバイスをもらう。
生徒に教えているというのに、私自身も学びの毎日だった。
けれど、実習をすることで将来の自分の姿をイメージでき、私はますます高校教諭になりたいと強く願うようになった。

あっという間に二週間が経ち、お別れの日がやって来る。
涙を堪えてお礼を言う私に、生徒たちは寄せ書きした色紙をプレゼントしてくれた。

「みんなありがとう。必ず教師になってここに戻って来ます」
「待ってます! って言いたいところだけど、それだと留年しちゃうから複雑だな」

あはは!と笑い声が上がった。
最後は笑顔で集合写真を撮る。
その写真と色紙と充実した二週間は、間違いなく私の宝物になった。