「だから向こうは気にしてる」
「母の娘だから?」
「それもある」
九条先輩は一歩だけ近づく。
「でも、もっと厄介なのは」
低く落ちた声に、息をのむ。
「君のお母さんが、最後までローズに屈しなかったことだ」
「……っ」
「壊れなかった。だから、今も名前だけが残ってる」
「名前?」
「当時の連中の中で、彼女は特別だった」
写真の中の母は、やわらかく笑っている。
そんな人が、誰かに支配されそうになっても折れなかったなんて。
胸が、ぎゅっと苦しくなる。
「私、何も知らなかった」
ぽつりとこぼすと、九条先輩の表情が少しだけやわらいだ。
「知らなくて当然だよ」
「でも」
「たぶん君のお母さんは、君を遠ざけたかったんだ」
「え」
「この学園からも、この話からも」
その言葉で、いくつものことがつながりかける。
母がこの学校の話をほとんどしなかったこと。
転入を聞いたとき、ほんの一瞬だけ顔色を変えたこと。
そして、何かを言いかけてやめたこと。
「……知ってたんだ」
かすれた声が出る。
「全部じゃなくても、何かは」
「だろうね」
「じゃあ、私は」
自分で選んで飛びこんだつもりだった。
でも最初から、母が遠ざけたかった場所に自分から来てしまっていたんだ。
「相沢さん」
九条先輩の声がやさしく落ちる。
「帰ったら、お母さんに聞くべきだ」
「聞いて、答えてくれるでしょうか」
「わからない」
その返事は正直だった。
「でも、君が知らないままでいるよりいい」
私は黙る。
写真を見ていると、涙が出そうになる。
悲しいわけじゃない。
悔しいのか、苦しいのか、自分でもわからない。
「なんで、先輩はこれを私に見せたんですか」
聞くと、九条先輩は少しだけ目を伏せた。
「これ以上、君が何も知らないまま利用されるのが嫌だったから」
「利用……」
「玲央も、今のローズも、君を揺さぶる材料にする」
静かな声。
そこに嘘はない気がした。
「だったら先に知っておいたほうがいい」
「先輩は」
私は写真をぎゅっと握る。
「敵なんですか、味方なんですか」
ずっと聞きたかったこと。
九条先輩は、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく笑う。
「君にとって都合のいい味方ではないよ」
「それ、答えになってません」
「でも、完全な敵にもなりたくない」
その目が、少しだけ苦しそうに見えた。
「君のお母さんに、昔似たことを言われたから」
「え……?」
「巻きこまないで、ってね」
息が止まりそうになる。
母と、九条先輩が。
昔、つながっていた?
「先輩、母を知ってるんですか」
「直接じゃない」
九条先輩はすぐに首を振った。
「でも、彼女のことを知る人から話は聞いてる」
「それって誰ですか」
問いかけた、そのときだった。
扉の向こうで、がたん、と大きな音がした。
私はびくっと肩を震わせる。
「朔さん?」
九条先輩が鋭く扉を見る。
次の瞬間、勢いよく扉が開いた。
「胡桃!」
飛びこんできたのは、氷河ノ先輩だった。
「仁……」
驚く私の前で、先輩は私の腕をつかむようにして引き寄せた。
強い力。
でも震えている。
「外にいたやつが消えた」
「……っ」
「九条、何を見せた」
低く問い詰める声。
九条先輩は静かに写真へ視線を落とした。
「もう隠しておく段階じゃないと思っただけだよ」
「勝手なことをするな」
「じゃあ君が先に教えればよかった」
「それは」
氷河ノ先輩が、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
私はその横顔を見上げた。
先輩も、何か知ってたの。
少なくとも、私の母のことを。
「……先輩」
声が震える。
「知ってたんですか」
氷河ノ先輩の表情が、苦しそうに歪んだ。
「母の娘だから?」
「それもある」
九条先輩は一歩だけ近づく。
「でも、もっと厄介なのは」
低く落ちた声に、息をのむ。
「君のお母さんが、最後までローズに屈しなかったことだ」
「……っ」
「壊れなかった。だから、今も名前だけが残ってる」
「名前?」
「当時の連中の中で、彼女は特別だった」
写真の中の母は、やわらかく笑っている。
そんな人が、誰かに支配されそうになっても折れなかったなんて。
胸が、ぎゅっと苦しくなる。
「私、何も知らなかった」
ぽつりとこぼすと、九条先輩の表情が少しだけやわらいだ。
「知らなくて当然だよ」
「でも」
「たぶん君のお母さんは、君を遠ざけたかったんだ」
「え」
「この学園からも、この話からも」
その言葉で、いくつものことがつながりかける。
母がこの学校の話をほとんどしなかったこと。
転入を聞いたとき、ほんの一瞬だけ顔色を変えたこと。
そして、何かを言いかけてやめたこと。
「……知ってたんだ」
かすれた声が出る。
「全部じゃなくても、何かは」
「だろうね」
「じゃあ、私は」
自分で選んで飛びこんだつもりだった。
でも最初から、母が遠ざけたかった場所に自分から来てしまっていたんだ。
「相沢さん」
九条先輩の声がやさしく落ちる。
「帰ったら、お母さんに聞くべきだ」
「聞いて、答えてくれるでしょうか」
「わからない」
その返事は正直だった。
「でも、君が知らないままでいるよりいい」
私は黙る。
写真を見ていると、涙が出そうになる。
悲しいわけじゃない。
悔しいのか、苦しいのか、自分でもわからない。
「なんで、先輩はこれを私に見せたんですか」
聞くと、九条先輩は少しだけ目を伏せた。
「これ以上、君が何も知らないまま利用されるのが嫌だったから」
「利用……」
「玲央も、今のローズも、君を揺さぶる材料にする」
静かな声。
そこに嘘はない気がした。
「だったら先に知っておいたほうがいい」
「先輩は」
私は写真をぎゅっと握る。
「敵なんですか、味方なんですか」
ずっと聞きたかったこと。
九条先輩は、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく笑う。
「君にとって都合のいい味方ではないよ」
「それ、答えになってません」
「でも、完全な敵にもなりたくない」
その目が、少しだけ苦しそうに見えた。
「君のお母さんに、昔似たことを言われたから」
「え……?」
「巻きこまないで、ってね」
息が止まりそうになる。
母と、九条先輩が。
昔、つながっていた?
「先輩、母を知ってるんですか」
「直接じゃない」
九条先輩はすぐに首を振った。
「でも、彼女のことを知る人から話は聞いてる」
「それって誰ですか」
問いかけた、そのときだった。
扉の向こうで、がたん、と大きな音がした。
私はびくっと肩を震わせる。
「朔さん?」
九条先輩が鋭く扉を見る。
次の瞬間、勢いよく扉が開いた。
「胡桃!」
飛びこんできたのは、氷河ノ先輩だった。
「仁……」
驚く私の前で、先輩は私の腕をつかむようにして引き寄せた。
強い力。
でも震えている。
「外にいたやつが消えた」
「……っ」
「九条、何を見せた」
低く問い詰める声。
九条先輩は静かに写真へ視線を落とした。
「もう隠しておく段階じゃないと思っただけだよ」
「勝手なことをするな」
「じゃあ君が先に教えればよかった」
「それは」
氷河ノ先輩が、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
私はその横顔を見上げた。
先輩も、何か知ってたの。
少なくとも、私の母のことを。
「……先輩」
声が震える。
「知ってたんですか」
氷河ノ先輩の表情が、苦しそうに歪んだ。



