暗い資料室の中。
閉まった扉の向こうからは、誰かが走る足音がかすかに聞こえてくる。
でもそれより今は、目の前の存在のほうがずっと危険だった。
「いおりくん……?」
名前を呼ぶと、天瀬いおりくんはにこっと笑った。
暗がりの中でも、その笑顔はやわらかくて可愛い。
なのに、どうしてこんなに背筋が寒いんだろう。
「声、大きいです」
そっと人差し指を唇の前に立てられる。
「見つかったら困るので」
「こ、困るって……」
「先輩、今たぶん氷河先輩たちに追われてる人を見ましたよね」
「えっ」
私は目を見開いた。
なんで知ってるの。
「やっぱり」
いおりくんはくすっと笑う。
「わかりやすいなぁ」
「な、なんでそんなこと……」
「僕、けっこう何でも見てるので」
ふわっとした口調。
でもその一言に、ぞわりとした。
何でも見てる。
それってつまり。
「先輩が誰と仲いいとか、誰を警戒してるとか、何に気づきかけてるとか」
いおりくんが一歩近づく。
私は反射的に一歩下がった。
でもすぐ背中が古い棚にぶつかって、それ以上逃げられない。
「ぜんぶ、見てました」
「……っ」
喉が鳴る。
近い。
昼間の無邪気ないおりくんとはまるで違う。
笑っているのに、逃がす気がまったくない顔だ。
「どうして……」
「何がですか?」
「どうして、こんなところにいるの」
私の問いに、いおりくんはほんの少しだけ首をかしげる。
「先輩が危なっかしいから、ついてきただけです」
「嘘」
思わず口から出た。
一瞬だけ、空気が止まる。
「……へえ」
いおりくんの笑みが深くなる。
「先輩でも、そういう顔するんですね」
「だって、いおりくん変だもん」
「変」
「いつもと違う」
こわい。
でも、目をそらしちゃだめな気がした。
「可愛い後輩のふりしてる」
その瞬間。
いおりくんの目が、すっと細くなった。
「ふり、じゃないですよ」
甘い声。
でもそこに混じる温度は低い。
「先輩の前では、ちゃんと可愛い後輩です」
「……前では、ってことは」
「そういう細かいとこ、気づかなくていいのに」
困ったように笑いながら、いおりくんは私の髪にそっと触れた。
ゆるく結んだツインテールの毛先を指に巻きつける。
「ほんと、無防備」
「ひゃっ」
「その反応、他の人にもしてるんですか」
「え?」
「氷河先輩とか、鳳条先輩とか、朔さんとか」
名前が並ぶたび、声が少しずつ低くなる。
「みんな、先輩のことばっかり見てる」
暗闇の中で、いおりくんの顔が近づく。
「ずるいです」
「な、何が……」
「先輩は何もわかってないくせに、簡単に人の心を持っていくところ」
どくんと胸が鳴った。
この言い方は、まるで。
「いおりくん、もしかして」
「はい」
遮るように答えられる。
「好きですよ。先輩のこと」
「……え」
頭が真っ白になる。
好き。
今、好きって言った?
「な、なんでそんなさらっと」
「さらっとじゃないです」
いおりくんの声が、少しだけ揺れた。
「ずっと我慢してたんですから」
その言葉に、思わず目を見開く。
え。
ずっと?
「でも先輩、鈍いから」
いおりくんが私の頬に触れる。
指先はやさしいのに、その目は全然やさしくない。
閉まった扉の向こうからは、誰かが走る足音がかすかに聞こえてくる。
でもそれより今は、目の前の存在のほうがずっと危険だった。
「いおりくん……?」
名前を呼ぶと、天瀬いおりくんはにこっと笑った。
暗がりの中でも、その笑顔はやわらかくて可愛い。
なのに、どうしてこんなに背筋が寒いんだろう。
「声、大きいです」
そっと人差し指を唇の前に立てられる。
「見つかったら困るので」
「こ、困るって……」
「先輩、今たぶん氷河先輩たちに追われてる人を見ましたよね」
「えっ」
私は目を見開いた。
なんで知ってるの。
「やっぱり」
いおりくんはくすっと笑う。
「わかりやすいなぁ」
「な、なんでそんなこと……」
「僕、けっこう何でも見てるので」
ふわっとした口調。
でもその一言に、ぞわりとした。
何でも見てる。
それってつまり。
「先輩が誰と仲いいとか、誰を警戒してるとか、何に気づきかけてるとか」
いおりくんが一歩近づく。
私は反射的に一歩下がった。
でもすぐ背中が古い棚にぶつかって、それ以上逃げられない。
「ぜんぶ、見てました」
「……っ」
喉が鳴る。
近い。
昼間の無邪気ないおりくんとはまるで違う。
笑っているのに、逃がす気がまったくない顔だ。
「どうして……」
「何がですか?」
「どうして、こんなところにいるの」
私の問いに、いおりくんはほんの少しだけ首をかしげる。
「先輩が危なっかしいから、ついてきただけです」
「嘘」
思わず口から出た。
一瞬だけ、空気が止まる。
「……へえ」
いおりくんの笑みが深くなる。
「先輩でも、そういう顔するんですね」
「だって、いおりくん変だもん」
「変」
「いつもと違う」
こわい。
でも、目をそらしちゃだめな気がした。
「可愛い後輩のふりしてる」
その瞬間。
いおりくんの目が、すっと細くなった。
「ふり、じゃないですよ」
甘い声。
でもそこに混じる温度は低い。
「先輩の前では、ちゃんと可愛い後輩です」
「……前では、ってことは」
「そういう細かいとこ、気づかなくていいのに」
困ったように笑いながら、いおりくんは私の髪にそっと触れた。
ゆるく結んだツインテールの毛先を指に巻きつける。
「ほんと、無防備」
「ひゃっ」
「その反応、他の人にもしてるんですか」
「え?」
「氷河先輩とか、鳳条先輩とか、朔さんとか」
名前が並ぶたび、声が少しずつ低くなる。
「みんな、先輩のことばっかり見てる」
暗闇の中で、いおりくんの顔が近づく。
「ずるいです」
「な、何が……」
「先輩は何もわかってないくせに、簡単に人の心を持っていくところ」
どくんと胸が鳴った。
この言い方は、まるで。
「いおりくん、もしかして」
「はい」
遮るように答えられる。
「好きですよ。先輩のこと」
「……え」
頭が真っ白になる。
好き。
今、好きって言った?
「な、なんでそんなさらっと」
「さらっとじゃないです」
いおりくんの声が、少しだけ揺れた。
「ずっと我慢してたんですから」
その言葉に、思わず目を見開く。
え。
ずっと?
「でも先輩、鈍いから」
いおりくんが私の頬に触れる。
指先はやさしいのに、その目は全然やさしくない。



