落ちこぼれ芸能科ですが、演技の天才ヒロインが舞台で全員勝たせます。

「待たせた?」

「いや」

 蓮は顔を上げ、小春のほうを見る。

「少し話したいことがある」

「話したいこと?」

「ああ」

 舞台の上には、もう誰もいない。
 昼間はわいわいしていた場所なのに、今はしんと静かで、足音だけがやけに響いた。

 なんだか急に緊張してきて、小春は台本を胸の前で抱きしめる。

「えっと、なに?」

「今日のことだ」

 蓮はステージに上がりながら言った。

「おまえのやり方は、たしかに正しかった」

「……っ」

 その言葉に、小春の目が丸くなる。

「白峰の才能を引き出したのも、おまえだ。みんなの空気を変えたのもそうだ」

「蓮くん」

「だから、認める」

 まっすぐな声だった。
 飾らないぶん、それが本気だとすぐわかる。

「白雪小春。おまえは、このクラスに必要だ」

「……!」

 胸が、どくんと跳ねた。

 うれしい。
 ものすごく、うれしい。

 今日ずっと強気にふるまっていたけれど、本当は少しだけ不安だった。大きなことを言いすぎたんじゃないかって。みんなを引っぱるなんて、自分にできるのかって。

 でも今、その不安がすこし溶けていく。

「……よかった」

「何が」

「蓮くんに認めてもらえたこと」

 ぽつりとこぼすと、蓮がわずかに目を見開いた。

「そんなに俺の評価が大事か」

「大事だよ」

 小春は迷わずうなずく。

「だって蓮くん、最初からちゃんと見てくれてたから」

 ほかの人が半信半疑だったときも、彼だけは試すように、見極めるように、自分を見ていた。
 軽く流さず、本気で向き合ってくれた。だからこそ、その言葉は何よりうれしい。

 蓮は少しだけ黙りこんだあと、ふいに視線をそらした。

「……そういうことを簡単に言うな」

「え?」

「なんでもない」

 低い声はいつも通り落ち着いているのに、その横顔はほんの少しだけかたく見えた。

 あれ。
 また何か変なこと言ったかな。

「それと、もうひとつ」

「うん」

「今日の、白峰への指導の件だ」

「……あ」

 小春は昼のことを思い出し、気まずそうに目を泳がせる。

「ごめんね。勝手に手を握ったりして」

「そこだけじゃない」

「え?」

「距離が近すぎる」

 きっぱり言われて、小春はきょとんとした。

「そうかな」

「そうだ」

「でも、相手の呼吸とか目線とか、近くで見たほうがわかりやすいし」

「そういう問題じゃない」

 蓮は一段低い声で言う。

「おまえ、誰にでもああなのか」

「誰にでも?」

「近づいて、まっすぐ見て、簡単に期待させるのかって聞いてる」

 その言い方に、小春は思わず息を止めた。

 期待させる。
 その言葉が、思ったよりずっと強く胸に落ちる。

「わたし、そんなつもりじゃ」

「わかってる」

 蓮はすぐに言った。
 だけどその声には、抑えこんだ何かがにじんでいた。

「おまえが無自覚なのは、わかってる」

「じゃあ、なんで」

「……見ていて落ち着かない」

 静かな劇場に、その一言だけが落ちた。

 小春は目を瞬かせる。
 落ち着かない。今、そう言った?

「蓮くん、それって」

「深い意味はない」

「ほんとに?」

「ほんとだ」

 即答。
 でもその速さが、逆にあやしい。

 小春はじっと蓮の顔を見つめる。
 蓮はふいっと目をそらした。

 その反応が、なんだか少しだけかわいく思えてしまう。

「……もしかして」

「言うな」

「まだ何も言ってないよ」

「どうせろくなことじゃない」 「そんなことないよ」

 小春はくすっと笑った。

「でも、もしそうなら」

「そうなら?」 
「ちょっとうれしいかも」

 蓮の視線が、一気に戻ってくる。

「何が」

「蓮くんが、わたしのこと気にしてくれてるんだなって思えるから」

 言い終わった瞬間、自分で自分の言葉にどきっとした。

 え、今の、かなり恥ずかしいこと言ったかもしれない。

 でも、言葉はもう戻せない。
 蓮もまた、何か言い返そうとして、言えずにいるようだった。